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イオンさん、「鎮守の森」再生も忘れずに2012/03/09 06:38






<関連記事>

イオン:「3.11 復興への願いをカタチに」
宮城県塩釜市から10年間にわたり被災地域で30万本の植樹活動をスタート
http://www.aeon.info/news/2012_1/pdf/120308R_1.pdf

イオン、被災地に10年かけ30万本植樹
http://s.nikkei.com/yNlkcZ


日経・文化往来:歴史の古い神社ほど東日本大震災の津波被害から免れ、多くが津波浸水の境界に立っていた――。鎮守の森や屋敷森なども津波の破壊力を減衰させる効果が見られたという。
http://y-sonoda.asablo.jp/blog/2011/12/16/6246632


海岸林再生 風土に根差した樹種で
「根の浅いマツやスギは津波で軒並み流されたが、鎮守の森は流されずに残っていた」
http://www.iwate-np.co.jp/ronsetu/y2012/m02/r0212.htm

 東日本大震災の津波で、本県などの海岸では防潮、防風のために植えられていた海岸林が壊滅的な被害を受けた。しかし、普代村では防潮堤内側の防災林がコンクリート片などの漂流物を止めるなど津波エネルギーを軽減する一定の効果も報告されている。

 沿岸市町村が復興計画を具体化する中で、海岸部の樹林帯をどうするかは一つの課題だ。これまでは砂地の乾燥や潮風に強く、高木となって防潮、防風効果も高いマツが主に選ばれてきた。しかし、最近ではタブノキなど常緑広葉樹やカシワやコナラなど落葉広葉樹の植栽を勧める研究者も出てきている。

 陸前高田市の高田松原は、日本百景にも数えられる景勝地で多くの観光客や海水浴客が訪れていた。約7万本あったアカマツとクロマツは流され、1本だけ残った木が復興のシンボルとなっている。

 かつてこの海岸は気仙川の砂が広田湾に堆積した草も生えない砂浜だった。松林は防風などのため1667(寛文7)年に植栽された。それが「白砂青松」の海岸として有名になり、同市の貴重な観光資源となった。

 海岸林は防災と共に海岸景観を形成する役割も担っている。そんなことから注目されているのは地域の生態系に合った群落だ。三陸海岸では山田町以南ではシイやタブなどの常緑広葉樹、以北では落葉広葉樹がそうした樹種の一つになる。

 横浜国立大の宮脇昭名誉教授は、本県や宮城県の被災地を調査し「根の浅いマツやスギは津波で軒並み流されたが、鎮守の森は流されずに残っていた」と報告し、土地本来の木々(潜在植生)による森の再生を提唱している。神社は比較的高い場所にあるため被害を免れたという側面もあるが、潜在植生の復活は一考に値する。

 タブノキなどが高木層を形成し、次に高い亜高木層をシロダモなどが、そして低木層にはマサキなどが生える重層的な樹林で、さまざまの樹高の木々が根を張り、互いに支え合うことで根こそぎ倒れることを防ぐからだ。

 林野庁の東日本大震災に係る海岸防災林の再生に関する検討会も「海岸の最前線は飛砂、潮風、寒風などの害に耐えられるもの」とした上で「針葉樹ではクロマツ、アカマツなど。広葉樹ではカシワやトベラなど」と広葉樹の名前も挙げている。

 陸前高田市の復興計画には、浸水区域などを緑の帯で結ぶ「メモリアルグリーンベルト」の構想が打ち出されている。樹林帯を造成する際は、単一樹種で構成する松原だけでなく、風土に根差した複数の樹種が互いに支え合う海岸林も検討したい。


<動画&書籍>

宮脇 昭「いのちを守る300キロの森づくり」
http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=gDOEs2_ONGM

宮脇昭:瓦礫を活かす「森の防波堤」が命を守る: 植樹による復興・防災の緊急提言
http://amzn.to/xP6fqg