書評の書評:ジェームズ・メイヨールの「世界政治」 ― 2009/06/11 08:34
「世界政治 (進歩とその限界)」 ジェームズ・メイヨール (著)
『本書で筆者は、リアリズムこそが21世紀のわれわれを導くべきものだとしている。だがここでリアリズムが意味するものは、国際政治は道徳と無関係で、国家は権力と利益を合理的に追求するといった世界観ではなく、「人間が自分の行動に責任をもつこと、そしてそれが予測できる結果ばかりではなく、意図せざる結果も生むことを認めるよう求める立場」であるとしている。』(以上「文献案内と訳者あとがき」より引用)
ここで書かれているリアリズムとは国際関係論(IR)の主要理論のこと。
ケネス・ウォルツを取り上げた途端にリアリストさんが来られたので遠慮していたのですが、
私がこのブログで取り上げるリアリストとはIRでリアリズムを唱える学者たちのこと。
せいぜい広げてもリアリズムを学んだ人たちまでだと思ってください。
広い意味の現実主義者ではないということです。
確かに日本にもリアリズムを学ばなくてもリアリスト的なセンスをもっている人もいる。
特に海外相手にビジネスをしている人は自然と身につく傾向があるようです。
この場合はリアリスト的などの表現で区別するように心掛けます。
さて、メイヨールといえば英国学派を代表する人物。
そのメイヨールがリアリズムの正しさを認めつつも(本当はここが重要)、
道徳的見地を含めるよう求めています。
米国のリアリストの中には「余計なお世話だ」と思っている人も多いのではないかと(笑)。
とはいえ、道徳に惹かれたのか読売、朝日、毎日、日経が揃って書評を掲載。
中にはすごいことを書いているものがありました。
それは日経新聞の書評で、評者は論説副委員長の伊奈久喜さん。
伊奈記事コレクターの私からすれば、この書評で「ついに伊奈さんやっちゃったな」と。
道に迷って、最終的にはまったく正反対のとんでもない所に行っちゃってます。
伊奈さんはネオコンこそがリアリズムに道徳の要素を加えた存在なのだと書いちゃった。
これをメイヨールに見せたら、驚きのあまり卒倒するかもしれません。
リアリストに見せたら、「即効、紙面を回収するように」と言われるかも。
民主化を唱えるネオコンはウィルソン的理想主義が強く、
現実的でクールなリアリストとはまったく正反対。
ネオコン主導のイラク戦争に反対し、真っ向から対決を挑んだのもリアリスト。
そのためにウォルツらが「現実的な外交政策を支えるための同盟」(Coalition for a Realistic Foreign Policy)まで立ち上げたことは、拙著をお読みの方は知っていますよね。
ネオコンに対する勘違い評価。
なぜか伊奈さんと産経の古森義久さんに共通する不思議な現象。
お二人は勇ましい者への憧れをお持ちなのでしょうか。
とはいえ、道徳などという曖昧な基準をリアリズムに持ち込むことで、
ネオコン以上のとんでもない化け物が生れ落ちる可能性があります。
この点だけは私もメイヨールの主張に賛成できません。
なお、どちらかといえば日本語版の方がお勧め。
「日本語版へのプロローグ」の中で、ニーアル・ファーガソンらをチクリチクリ。
かなりマニアックなプロローグになっています。
世界政治―進歩と限界 (単行本)
ジェームズ・メイヨール (著), 田所 昌幸 (翻訳)
http://www.amazon.co.jp/%E4%B8%96%E7%95%8C%E6%94%BF%E6%B2%BB%E2%80%95%E9%80%B2%E6%AD%A9%E3%81%A8%E9%99%90%E7%95%8C-%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%83%A0%E3%82%BA%E3%83%BB%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%83%A8%E3%83%BC%E3%83%AB/dp/4326351454/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=books&qid=1244618360&sr=1-1
http://www.amazon.co.jp/World-Politics-Progress-Limits-Century/dp/0745625908/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=english-books&qid=1244618504&sr=1-1
<日経書評引用>
世界政治、世界と歴史に思いをめぐらす――ジェームズ・メイヨール著(読書)
2009/06/07日本経済新聞朝刊
扉をめくると「孫たちに」とある。70歳を過ぎた英国の国際政治学者が将来世代に対し、国際関係をどう見るかを説く市民向けテキストの体裁である。政治学者である訳者は、あとがきに「本書はまったく難解な書物ではない」と書く。が、学問の世界の約束事に通じていない読者には簡単には読めない。
短い書物であるがゆえに無駄がない文章を積み重ね、国際社会、主権、民主主義、介入など国際政治学者にとって論争的な課題に挑むからだ。読み飛ばせば道に迷う。評者も道に迷った。著者が用意した道を正しく歩んだ自信はない。ただ道に迷っても最終的には用意された目的地に着く。
国際政治理論の世界で、リアリストとリベラルな合理主義者との対立があるのは知られている。
著者によれば「リアリストは、道徳的な考慮は外交政策には関係ないとずっと考えてきた」。これに対し「リベラルな合理主義者は国際社会は改善できるが、それは力によるものではないと信じている」という。
そのうえで「わたしがかくあるべしと考えているリアリズムは、道徳的見地を含むものであり、もしわれわれがそれを無視する場合には大きな危険がもたらされる」と書く。道徳的リアリストの立場の表明である。批判しにくい見解だが、現実の外交政策決定者にとっては簡単ではない道である。
だから著者は「これをどのように実行するべきなのかは本書の範囲外」と肩すかしを食わす。「それがわれわれの時代の重大な挑戦であることには、まず疑問の余地はない」と続く。理論的な立場を現実に政策に反映させる困難は承知しているようではある。
確かに例えば米国のブッシュ前政権の最初の4年間を支配した新保守主義者(ネオコン)は、中東に民主主義を実現したいと考え、そのために軍事力を使った。リアリズムに道徳の要素を加えたともいえる、と評者は考える。
著者の立場からは理想を実現するための手段に道徳性が欠けていたとなるのだろう。短い本だからこそ、日曜の午後にでも、ゆっくり読めば、世界や歴史に思いをめぐらすことができる。
(田所昌幸訳、勁草書房・2500円)
▼著者は英国の国際政治学者でケンブリッジ大教授。
論説副委員長 伊奈久喜
<書評集>
「世界政治 進歩と限界」ジェームズ・メイヨール著 岐路に立つ民主主義
http://www.yomiuri.co.jp/book/review/20090518bk05.htm
世界政治―進歩と限界 [著]ジェームズ・メイヨール
http://book.asahi.com/review/TKY200905190125.html
今週の本棚:山崎正和・評 『世界政治--進歩と限界』=ジェームズ・メイヨール著
http://mainichi.jp/enta/book/hondana/archive/news/2009/06/20090607ddm015070013000c.html
<関連サイト>
Coalition for a Realistic Foreign Policy
http://www.realisticforeignpolicy.org/
国際地政学者:奥山真司(おくやままさし)のコラム『リアリストたちの反乱』
http://www.realist.jp/rebellion/
リアリズム vs ネオコンサーヴァティズム
http://d.hatena.ne.jp/Gomadintime/20060709/p1
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