日経「規制か、自由か 中国版フェイスブックの実像」 グレート・ファイアウォールに群がる「五毛党」 ― 2011/02/28 09:16
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規制か、自由か 中国版フェイスブックの実像
2011/2/28 7:00
http://s.nikkei.com/gn5xKZ
チュニジア、エジプト…専制国家の崩壊の連鎖に神経をとがらせる中国。吹き出し始めた体制批判の増幅装置になっているのは、やはりインターネット。現地企業が独自に手掛ける交流サイト(SNS)だ。統制下にありながら米国の本家に匹敵する勢いで急拡大する中国版フェイスブックの実像に迫る。
■書き込み削除の検閲指令
「とにかくデモや民主活動に関する書き込みは10分以内に削除しろ」――。2月18日。北京市にあるSNS大手、人人網(レンレンワン)のオフィスは急に慌ただしくなった。中国の検閲当局との折衝などを担当する幹部が部下を招集し、自社サイトを24時間体制で監視する厳戒態勢を敷くよう指示したのだ。
きっかけは同日、米フェイスブックに出現した呼びかけだった。「中国で(チュニジアで起きた)ジャスミン革命を実現しよう。自由万歳。民主万歳。20日午後2時に主要13都市の広場に集合しよう」――。発信元は香港の民主活動家とみられるが、中国内のSNSへの転載が広がりだしたのだ。人人網のネット技術者による不眠不休のチェックが始まった。
幹部の「検閲」指示が中国政府による強制か自主的なものかは不明だが、政府の意をくんだものであることは明らかだ。
北アフリカ・中東に広がる「革命」の動きにネットが果たす役割は大きい。中国共産党の独裁下にある中国でも体制批判を増幅するネットを野放しにすると国家の危機につながる可能性もある。胡錦濤国会主席は翌19日、党幹部の養成機関での演説で「インターネットの管理を一段と強化する」と表明した。
中国で最大のSNSとなっている人人網は今や政府もその影響力を無視できない存在だ。米フェイスブックに似たサービスを本格提供し始めた09年ごろから急成長。利用者数はすでに1億6000万人にのぼる。世界で6億人以上がつながる本家には及ばないものの、短期間で日本の総人口をはるかに上回る規模にまで成長した。
特に学生からの支持はあつく、「校内イベントやほかの大学との交流イベントなどで人人網は欠かせないインフラ的存在」(北京大学の男子大学生)となっている。
中国市場での販売拡大を目指す多くの世界大手企業も人人網との連携に積極的。人人網に公式ページ(ファンページ)を開設した企業リストには、デル、コカ・コーラ、ノキア、トヨタ自動車などの名前がずらりと並ぶ。「マスコミの信頼度が外国に比べ低い中国では口コミの影響力が強いため、口コミに近いSNSの利用は有効だ」と米自動車メーカーの宣伝担当者は指摘する。ユニクロがファンページで実施したイベントには2週間で133万人もの利用者が参加した。
人人網の源流は、中国の名門、清華大の学生らが05年に立ち上げた電子掲示板を中心とする「校内網」というサービス。06年に中国の有名なネット企業家、陳一舟(ジョー・チェン)氏が買収してから事業が本格化した。
陳氏は1969年湖北省武漢市生まれで、米マサチューセッツ工科大(MIT)で理工学修士号、米スタンフォード大で経営学修士号をそれぞれ取得した秀才だ。自ら創業した別のネット企業を売却し、そこで得た資金を活用して中国内のネット企業を次々と買収。「校内網」を傘下に収めた。
■中国最大のSNSの筆頭株主は日本企業
順調に成長する人人網だが、18日に始めた自主検閲の強化は一部の利用者から政府にすり寄っているとの批判を呼ぶ恐れがある。しかし、中国では中国共産党がネット企業の生殺与奪の権を握る。意向には逆らえないのが実状だ。
09年7月。人人網が本格サービスを始めたフェイスブックに近いSNSが軌道に乗り始めたころだ。中国でウイグル族の反政府運動が発生、中国共産党の統制により、本家のフェイスブックの利用ができなくなってしまった。これが「人人網の利用者獲得の追い風となった」(ネット企業幹部)と言われる。現在もフェイスブックの閲覧は事実上禁止されている。政府の意向を無視しては、人人網も事業が成り立たない。
ある外資系金融機関の中国法人幹部は、中国版ジャスミン革命の呼びかけがフェイスブックに出現した当時のことを振り返る。「本国からの連絡でたたき起こされた。『中国版フェイスブックの米国上場に支障は出ていないのか』という内容だった」。中国版フェイスブックとは人人網を指す。幹部は旧知の政府幹部に電話をかけて問い合わせると「(うまく上場できるかは)人人網の検閲の成否にかかっている」と答えたという。
人人網は今年6月をめどに米国で株式公開する計画を持つ。「調達額は50億ドルに達する今年最大の話題銘柄」(中国の証券アナリスト)とされるが、当局のさじ加減ではその見通しも大きく狂いかねないという事情もある。
上場した場合、大金を手にする権利を得るのは誰か。実は人人網の現在の筆頭株主は日本企業。ソフトバンクだ。陳氏が投資家からの資金調達を進める中で、孫正義社長の目にとまり、ソフトバンクが08年に400億円の出資を決めた。現在の出資比率は4割弱になっている。
先端の米国のサービスを日本に持ち込む「タイムマシン経営」を得意とする孫社長。その中国版として出資する中国企業の1つが人人網なのだ。当局との関係はソフトバンクの資産にまで影響を与えることになる。
■利用者数6億7000万人のネットサービス
ソフトバンクが中国の電子商取引サイト最大手、アリババ集団に出資し成功していることから、陳氏は「第2の馬雲(ジャック・マー=アリババ集団会長)」ともいわれるが、「ネットに詳しいというよりも、企業買収を仕掛ける経営者」(中国のネット企業幹部)との評価がもっぱらだ。
元社員は「ネット企業のイメージからは遠い」と指摘、技術開発よりもむしろ営業を重視する会社だと説明する。本社は中国のシリコンバレーと呼ばれる北京市郊外の中関村ではなく、日本企業が集まる北京市中心部のオフィスビルにある。就業時間も午前9時半から午後7時15分まで。「ネットの将来を語るよりもいくら稼ぐかが重要だ」という。
中国ではネットを利用したコミュニケーション用のサービスがいくつも登場、人人網のように急成長を始めているが、圧倒的な規模を持ち、フェイスブックを超える企業に成長すると中国ネット業界の多くの関係者が予測するのは騰訊控股(テンセント)だ。
提供するサービスは電子メールよりも手軽に文章やファイルをやりとりできるインスタントメッセンジャー(IM)「QQ」と呼ぶもので、人人網のようなフェイスブックの仕組みとは異なるが、10年末の利用者数は実に6億7000万人。中国のネット利用者の大半をカバーし、世界のフェイスブックの利用者数に匹敵する。中国政府も「中国のネット社会のインフラとなっている」(工業情報化省幹部)と評価。中国では名刺にIM番号を印刷するのが一般的なほどだ。
IMの使われ方はSNSに極めて近い。IMの友人を「群」として登録し、呼び掛けや短いコメントを多数に送ることができる。受け取った人もその呼び掛けを評価して別の「群」に送ることができるため、イベントや集会などの様子を多くの人に伝えることができる。
■数万人にもおよぶ規模の検閲体制
テンセントはIMをテコにネットゲームやミニブログなど周辺分野にも進出、ネットゲームではすでに中国のトップ企業となった。最近は海外展開も加速、中国での成功を世界に広げていくことを検討しているようだ。
テンセントの筆頭株主は南アフリカのメディア大手ナスパーズ。昨年、両社で連携して、ロシアの投資会社、デジタル・スカイ・テクノロジーズ(DST)に出資した。DSTはフェイスブックや米グルーポンなどに出資していることで知られる。この関係から、テンセントはフェイスブックが中国当局から利用禁止にされるまで中国での事業提携を交渉していたとされる。
さらに、3億5000万ドルで米国のネットゲーム会社を買収したのに続き、現在も米グルーポンと業務提携の最終調整中。近く中国でクーポン共同購入サービスを手掛ける方針だ。
米未公開株取引サイトのシェアズポストによるとフェイスブックの企業価値は703億ドル(6兆円弱)という。これに対し、テンセントの時価総額は470億ドルにまで急速に高まっている。
ただ、人人網と同様に、命運は政府に握られている。
中国当局は3万人とも10万人以上ともいわれるネット警察官を配備して、政府や中国共産党に不都合なサイトの利用などを制限する「グレートファイアウオール」(GFA)を構築、24時間体制で監視している。さらに中国のSNSに体制寄りの書き込みをする「五毛党」と呼ばれるネット工作員も30万人以上いるとされる。五毛党の名は、ネット工作員の賃金体系に由来。1本書き込むと、当局から5毛(約6円)の報酬が支払われる仕組み。中国のネット企業幹部は「多くの学生らが小遣い稼ぎにアルバイト感覚で行っている」と打ち明ける。
中国企業が自国で手掛けるネットサービスはグレートファイアウオールの中にある。海外にサーバーのあるサービスへの一般回線でのアクセスも政府が管理しており、フェイスブックに接続しようとしてみてもつながらない。現在のところ、多くの利用者は体制批判や集会参加への呼びかけの動きは人人網やテンセントなどで検閲にかかる前にチェックするしかない。
しかし、現状に不満を持つ利用者はグレートファイアウオールを乗り越えようとしている。
■巨大ファイアウオールを超えて
「翻墻(ファンチアン)して米フェイスブックに登録し、世界の出来事を見よう」。最近こんな中国語の呼びかけが急激に増えた。「翻」とは「飛び越える」や「反対する」、「墻」は塀の意味だ。政府の制限が及ばない海外の通信業者が提供する専用接続サービスを利用したり、閲覧制限をかいくぐる「自由門」と呼ぶ無料のソフトを利用すれば、フェイスブックにも接続可能。調査ポータルの米ソーシャルベイカーズによると、2010年12月で10万人だった利用者数は1カ月余りで70万人を突破した。フェイスブックをモチーフとした米映画「ソーシャル・ネットワーク」も中国では公開していないが、ネット上で人気を集めている。
政府も「翻墻」対策に乗り出しており、中国の検索最大手「百度(バイドゥ)」で、「翻墻」や「自由門」と検索すると、「法律で検索結果の一部を表示しません」と表示される。しかし、モグラたたきのように統制を逃れる動きはまた出てくる。塀を乗り越えようとする欲求はなお強く、今後、フェイスブックの存在感がさらに増す可能性もある。
では、中国版フェイスブックは本家とは逆に中国以外の地域で成功を収められるのか。米中のネット業界に詳しい投資家は「中国企業が世界で評価されるようになるには収益力だけではなく、世界全体への貢献につながる企業理念を持たなければならない」と指摘する。
中国政府の影響下にある中国のIT大手は海外で厳しい現実に直面する。パソコン世界大手の聯想集団(レノボ・グループ)は米IBMのパソコン事業買収で世界3位となったが、海外ではIBM時代のシェアを減らした。中国政府と関係が近いことが顧客に敬遠される大きな要因となった。
中国版フェイスブックが本家を超えられるかは、中国を含めた世界の利用者の支持を得られるか否かにかかっている。人人網、テンセントは厳しい規制下で利用者増に腐心しているが、結局は規制当局の手の内にある。進んで塀の中に入ろうとする利用者はいないことは間違いない。ネットを使った世論誘導を強化する体制下では、中国のネット企業はいつまでも世界で花開かない。
(北京=多部田俊輔)
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