小沢一郎の仁徳天皇陵発掘調査隊 ― 2009/12/22 09:19
3:00~5:00に注目。「宮内庁の管轄」が登場するのは3:44。
実は「小沢一郎 vs 宮内庁」の核心はここにあり。
コメント
_ さるたひこ ― 2009/12/23 02:14
_ Y-SONODA ― 2009/12/23 09:50
さるたひこさんへ
強烈な発言でしょ。
触れてはいけないところをズカズカと土足で踏みにじる。しかも韓国で。
アテルイの末裔を名乗ることからしてもこれはもう確信犯。
それでも脅しができるということは相当自信あり。
野中の背後にいる人たちも完全掌握したのかもしれませんね。
強烈な発言でしょ。
触れてはいけないところをズカズカと土足で踏みにじる。しかも韓国で。
アテルイの末裔を名乗ることからしてもこれはもう確信犯。
それでも脅しができるということは相当自信あり。
野中の背後にいる人たちも完全掌握したのかもしれませんね。
_ Q ― 2009/12/23 10:57
触れてはいけないところって何ですか?
実は、y-sonodaさんって、騎馬民族征服王朝説を信じている口じゃ?
実は、y-sonodaさんって、騎馬民族征服王朝説を信じている口じゃ?
_ Q ― 2009/12/23 11:05
ついでに
今の考古学者や歴史学者の中で、騎馬民族征服王朝説を信じている人は、アカデミックの場ではいません。だいたいが、反皇室主義者とか、左翼系のジャーナリストとか、在野の学者ぐらいですかね。
騎馬民族王朝説というのは、陰謀論とか、そういうミステリ的な要素があって、在野では広がりやすい側面がある。あと、西欧の島国である英国が、大陸欧州の征服者によって王朝が続いたことも、この説に大きく影響しています。
が、アカデミックの場では、纏向遺跡の研究の成果で、ヤマト国=邪馬台国になって、江上博士の騎馬民族征服王朝説は下火です。というか、最初から無理がありすぎて、下火なんですけど...
今の考古学者や歴史学者の中で、騎馬民族征服王朝説を信じている人は、アカデミックの場ではいません。だいたいが、反皇室主義者とか、左翼系のジャーナリストとか、在野の学者ぐらいですかね。
騎馬民族王朝説というのは、陰謀論とか、そういうミステリ的な要素があって、在野では広がりやすい側面がある。あと、西欧の島国である英国が、大陸欧州の征服者によって王朝が続いたことも、この説に大きく影響しています。
が、アカデミックの場では、纏向遺跡の研究の成果で、ヤマト国=邪馬台国になって、江上博士の騎馬民族征服王朝説は下火です。というか、最初から無理がありすぎて、下火なんですけど...
_ Y-SONODA ― 2009/12/23 11:57
Qさんへ
>触れてはいけないところ
これを「触れなくてもいいところ」に訂正しておきます。
よって「騎馬民族征服王朝説」を信じているわけではありません。
前方後円墳をめぐる議論などは注目していますけどね。
ところでなんかQさんは妙なレッテル張りをして馬鹿にするのが得意みたいですね。
私みたいな小者を相手にしないで、それこそ小沢相手に挑んでください。
それこそあなた自身がしょぼい人間だと思われますよ。
>触れてはいけないところ
これを「触れなくてもいいところ」に訂正しておきます。
よって「騎馬民族征服王朝説」を信じているわけではありません。
前方後円墳をめぐる議論などは注目していますけどね。
ところでなんかQさんは妙なレッテル張りをして馬鹿にするのが得意みたいですね。
私みたいな小者を相手にしないで、それこそ小沢相手に挑んでください。
それこそあなた自身がしょぼい人間だと思われますよ。
_ R ― 2009/12/24 03:30
本日の右地方の天気概況。
巣鴨プリズン跡地に「永久平和を願う」と刻まれた石碑がある。
今日12月23日、その石碑の前には例年以上に多くの人々が集まって、先の大戦で命を落とされた人々に祈りを捧げた。
昭和23年12月23日、極東国際軍事裁判でA級戦犯とされた7人の方々を始め60名がこの地で死刑を執行された。
その日は皇太子明仁の誕生日であったが、連合国軍(米軍)司令部はこの日を意識して刑の執行を行ったようである。
日本国民の祝意を押さえ込む意図があったと思えるが、その卑しい意図は却って自らの品性を貶めたようだ。
当時の皇太子明仁は現在今上天皇となって、12月23日は天皇誕生日となり日本の国民の祝日となったのであります。
現代の日本人の殆どはこの日付の事実を知らないが、もし知ったなら何と思うだろうか?
当時の米軍の浅はかな行動が、人々の記憶に残り続けるであろう。
日本人に知って欲しいのは、東条英機が自己の弁明を一切しないで全ての責任を背負って逝った。
そのおかげで日本の国体が残ったということを。
本日は晴れてぽかぽか陽気の良いお天気でしたが、永田町方面には暗雲が漂っていました。
巣鴨プリズン跡地に「永久平和を願う」と刻まれた石碑がある。
今日12月23日、その石碑の前には例年以上に多くの人々が集まって、先の大戦で命を落とされた人々に祈りを捧げた。
昭和23年12月23日、極東国際軍事裁判でA級戦犯とされた7人の方々を始め60名がこの地で死刑を執行された。
その日は皇太子明仁の誕生日であったが、連合国軍(米軍)司令部はこの日を意識して刑の執行を行ったようである。
日本国民の祝意を押さえ込む意図があったと思えるが、その卑しい意図は却って自らの品性を貶めたようだ。
当時の皇太子明仁は現在今上天皇となって、12月23日は天皇誕生日となり日本の国民の祝日となったのであります。
現代の日本人の殆どはこの日付の事実を知らないが、もし知ったなら何と思うだろうか?
当時の米軍の浅はかな行動が、人々の記憶に残り続けるであろう。
日本人に知って欲しいのは、東条英機が自己の弁明を一切しないで全ての責任を背負って逝った。
そのおかげで日本の国体が残ったということを。
本日は晴れてぽかぽか陽気の良いお天気でしたが、永田町方面には暗雲が漂っていました。
_ Y-SONODA ― 2009/12/24 09:17
Rさんへ
国体解体がこれから世界的ブームになるかもしれませんよ。
その間に当然衝突も起こる。
衝突具合を調べるための実験が真っ先にこの国で行われている。
そう見たほうがいいかもしれません。
国体解体がこれから世界的ブームになるかもしれませんよ。
その間に当然衝突も起こる。
衝突具合を調べるための実験が真っ先にこの国で行われている。
そう見たほうがいいかもしれません。
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と、
アピールしたいがために付け焼き刃的に勉強したに過ぎないレベルです。
陛下のご発言の奥行きの深さもわからず、
何という、、、何という人か。。。。。
私は数年前アイヌの代表の方たちの伊勢神宮公式参拝をお手伝いしました。
1200年の時を越えてアテルイ以来初めてのことでした。
その前日には唯一人でアテルイの首塚に詣でて、
「明日来てくれるよ、アイヌの皆さんに感謝してます」と報告に行ったこともよく記憶しています。