Google
WWW を検索 「園田義明めも。」を検索

宮脇昭氏の原点:「備中神楽」と「猿田彦」と「森の木々」、「鎮守の森」と「潜在自然植生」2012/09/10 07:28











備中子供神楽「猿田彦の舞」
http://www.youtube.com/watch?v=rXDSIDAHOcs

備中神楽 猿田彦の舞
http://www.youtube.com/watch?v=CIgGiPyX9R8

備中神楽 猿田彦の舞2
http://www.youtube.com/watch?v=yRThNY40UFs


備中神楽
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%82%99%E4%B8%AD%E7%A5%9E%E6%A5%BD

岡山県の備中地方を中心に郷土芸能として行われている。旧来の荒神神楽に高梁市出身の神官で国学者の西林国橋が文化・文政年間、神代神楽を加えて完成された神楽である。1979年2月24日に国の重要無形民俗文化財に指定された。

現在では郷土芸能としてだけではなく、備中地方の各地区で田舎芸能として行われ、住民に親しまれている。

備中地方では古来より荒神に奉納する神楽として荒神神楽が行われていた。これは主に猿田彦の舞・剣舞を中心としており、現在の備中神楽のように郷土芸能というよりはより神事に近いもので、神職のみが行っていた。しかし、文化・文政年間に京都で国学を学んでいた西林国橋が古事記・日本書紀・古今和歌集などを参考に、能・狂言・歌舞伎など成熟しつつある芸能を取り入れて演芸性の高い神代神楽を加え、それまで神職のみが行っていたものを神職外の神楽太夫などが奉納するようになった。


宮脇昭
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%AE%E8%84%87%E6%98%AD

宮脇 昭(みやわき あきら、1928年(昭和3年)1月29日 - )は、生態学者、地球環境戦略研究機関国際生態学センター長、横浜国立大学名誉教授。岡山県川上郡成羽町(現・高梁市成羽町)出身。児童文学者の宮脇紀雄は兄。広島文理科大学生物学科卒業。元国際生態学会会長。


▼宮脇昭著「鎮守の森」(新潮文庫P48より)

「小学生のころだった。夜の一二時すぎまで、それぞれの家に招いたり招かれたりして酒盛りをしていた村人たちが、深夜一時から始まる神楽を見に、神社の森に集まってくる。猿田彦、大黒様の餅投げ、素戔嗚尊の八岐大蛇退治など、神楽の演しものは毎年同じだが、いろんなジョークを交えながら、延々と朝の四時半、五時まで続く。それが今では文化財にまでなっている備中神楽であることはあとで知ったことだ。神楽が終わって小さな社から境内に出ると、明けかけた空に森の木々が黒々と浮かび、身の引き締まるような寒さも手伝って、怖いような眠気も覚めるような感動を受けるのが常だった。うれしいとき悲しいときに、子供が生まれたときや新年に、村の人々が雪の中あるいは風の中、雨の中を通ったこの神社と鎮守の森は、外国に暮らしたせいでよりいっそう私のこころをとらえる存在となっていたのだった。日本には鎮守の森がある。そこに潜在自然植生がまだ目に見えるかたちで存在しているかもしれない、という予感がそのとき私に芽生えたのかもしれない。」

コメント

_ 猿田彦 ― 2012/09/10 16:04

園田さん、お久しぶりです。
こんなに紹介していただいては、ご挨拶しないわけにはいかなくなりました。
猿田彦を改めてよろしくお願いします。

中国地方の山中には、隠された祭りを先祖代々受け継いできている集落がたくさんあることを、NHKの新日本風土記「神話の森 中国山地」で改めて知らされていたところでした。

90年代の数年間、私は「開発や進歩から置き去りにされたところに日本の美しいものが残っている」と思い定めて、東北や日本海側の地域を主に神社を目的地として一人旅を繰り返しておりました。その行き残した場所に九州北部とこの中国山地があったのです。

猿田彦は神と人を結びつける道引きの神として知られているのですが、中国山地が最も多く猿田彦の存在を知らしめてくれているのをNHKの番組で初めて知りました。
http://www.nhk.or.jp/fudoki/120525broadcast1.html
番組では33年に一度の大神楽が紹介されていましたが、そこでも猿田彦が大きな役目を果たしていました。

先だって宮脇昭先生にお目にかかった際、先生のパワーの原点は何なのかを考えていたのですが、このお話しで納得することができました。

鎮守の森の復興こそ日本人が、日本が、失った我を取り戻す良いきっかけになると思います。
鎮守の森プロジェクトを応援して参ります。

_ とおる ― 2012/09/10 16:05

「猿田彦の舞」で、扇子の使い方を見て、バブルの時にディスコのお立ち台で踊っていた女性を思い出したのは、私だけでしょうか?

https://twitter.com/YS_KARASU/status/244782841219661824
 日本人は古来、自然災害と戦ってきた。その歴史の中で身を守る砦を脈々と残してきた。その砦が鎮守の森。鎮守の森とは防災・防火・防波の森。そして鎮魂の森でもある。

鎮守の森は、縄文人が住み生活していた森(自然の恵み)を大切にし尊重し守り続けたいという気持ちから出来たのではないでしょうか。(確たる証拠はありません)
神社に森(杜、木々)があるのも、その精神・宗教の影響と思います。

一方、欧米(キリスト教・ユダヤ教)・中東(イスラム教)は、シュメールのギルガメッシュまで遡る森の開拓(破壊、自然の支配)の系譜。
やっと、森の大切さを知る。

_ とおりすがりでYAS ― 2012/09/11 09:19

むかし、植物文明、動物文明という対比で文明を論じてた学者さんがいたような・・・。
どこのサイトで見たかも忘れましたが・・・。
南北アメリカ大陸にキリスト教の侵入がある以前は植物文明だったとか・・・。

ある獣医さんが言ってました。
アメリカの飼い主は、もしペットを養えなくなったら殺す人もいるとか、それが日本だと、なんとか生き延びて欲しいと思い逃がす人がいるとか。
このあたりは、他を支配下にする文明と他を尊ぶ文明の差だったりして・・誇張しすぎかもしれませんが。
どっちが良い悪いってこともありませんけどね。

_ Y-SONODA ― 2012/09/12 06:54

★猿田彦さんへ

どうもどうもお久しぶりです。
宮脇氏の本を今一度読み返してみて猿田彦発見。
なにやらいろいろと繋がっているようですね。
絆なのか結なのか。
鎮守の森プロジェクトの応援、よろしくお願いします。


★とおるさんへ

「鎮守の森とは防災・防火・防波の森。そして鎮魂の森でもある」

鎮守の森が鎮魂とは結びついても、
防災や防火、さらには防波堤にもなることがなかなか理解してもらえないんですよね。

似たような森は中国や朝鮮半島にもあるので、
それが縄文的、精神・宗教的なのかどうかはわかりませんが、
そこに古来からの防災の知恵が見い出せますね。

宮脇氏もその著作で何度も触れてきたことですが、
この日経記事は実に興味深い。

日経・文化往来:歴史の古い神社ほど東日本大震災の津波被害から免れ、多くが津波浸水の境界に立っていた――。鎮守の森や屋敷森なども津波の破壊力を減衰させる効果が見られたという。
http://y-sonoda.asablo.jp/blog/2011/12/16/6246632


★とおりすがりでYASさんへ

>どっちが良い悪いってこともありませんけどね。

確かに。
とはいえ鎮守の森は日本人らしさを象徴しているのではないかと。
それはまさに国民生活の安寧祈る皇室そのものではないかと。
八木さんがすごいことを書いていますので紹介しておきます。


【正論】高崎経済大学教授・八木秀次 日本人の怒り理解できぬ韓国人
絶えず自然災害にさらされている日本では、国民生活の安寧を祈る天皇のような存在が必要なのだと納得するようになった。
2012.8.30 03:29
http://sankei.jp.msn.com/world/news/120830/kor12083003290001-n1.htm

 韓国の李明博大統領が、「(天皇陛下が)韓国を訪問したいのなら、独立運動で亡くなった方々に対し心からの謝罪をする必要があると(日本側に)伝えた」と発言したことについて、韓国メディアの記者から取材を受けた。

 ≪天皇を最高政治権力者と誤解≫

 東日本大震災の被災地や、被災現地を訪問された天皇皇后両陛下について取材した経験から、李大統領の発言は竹島や慰安婦の問題とは次元の異なる、触れてはならない日本人の神聖な部分に触れたような思いがする、解説してほしい、という趣旨であった。

 韓国では王室がなくなって久しいこともあって、天皇を政治権力の最上位の存在と理解している。韓国で天皇を「日王」と呼ぶのはそのためで、李大統領もそのような認識で発言したはずだ-。記者は、そう問いかけてきた。

 私は、天皇はそうではなく、国家・国民のために「祈る存在」である、と強調した。天皇は実際の政治とは遠いところから、国民生活の安寧や国家の発展、世界平和を祈る宗教的な存在であり、そして、そのような立場からその時々の権力者に対し、その地位を認める存在であると説明した。

 大震災を取材して、記者には思うところがあったようだ。韓国人は古くから外国の侵略と戦ってきたのに対し、日本人は古来、島国ゆえに外国からの侵略はほとんどなく、自然災害と戦ってきたのだなと実感したという。そして、絶えず自然災害にさらされている日本では、国民生活の安寧を祈る天皇のような存在が必要なのだと納得するようになった。日本人にとってはそのような存在である天皇を、大統領発言は侮辱したのではないか。だとすれば、これは大変なことをしてしまったのではないかと心配になっている、と。

_ とおりすがりでYAS ― 2012/09/12 09:24

>とはいえ鎮守の森は日本人らしさを象徴しているのではないかと。
>それはまさに国民生活の安寧祈る皇室そのものではないかと。

よーくわかります。神社に植物が豊富なのもその所以でしょうね。

>日本人は古来、島国ゆえに外国からの侵略はほとんどなく、自然災害と戦ってきたのだなと実感したという。
確かに。

_ Y-SONODA ― 2012/09/13 06:42

とおりすがりでYASさんへ

>日本人は古来、島国ゆえに外国からの侵略はほとんどなく、自然災害と戦ってきたのだなと実感したという。
>確かに。

日本における国防とは何か。
自然災害は無視できないことを東日本大震災で改めて認識したはず。
このあたりから鎮守の森の再評価が進めばいいんですけどね。

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※投稿には管理者が設定した質問に答える必要があります。

名前:
メールアドレス:
URL:
次の質問に答えてください:
「カ○スの勝手でしょ」にようこそ♪ 質問:○に入るカタカナ一文字は?

コメント:

トラックバック

このエントリのトラックバックURL: http://y-sonoda.asablo.jp/blog/2012/09/10/6569677/tb

※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。