奥山真司氏の「戦略の階層」で福島原発事故を検証する ― 2012/03/18 08:41
<戦略の階層:修正版>
宇宙観(死生観、哲学・宗教観、魂、アイデンティティー)
↓
世界観(人生観、歴史観、地理感覚、心、ヴィジョン)
↓
政策(生き方、政治方針、意志、ポリシー)
↓
大戦略(人間関係、兵站・資源配分、身体、グランドストラテジー)
↓
軍事戦略(仕事の種類、戦争の勝ち方、ミリタリーストラテジー)
↓
作戦(仕事の仕方、会戦の勝ち方、オペレーション)
↓
戦術(ツールやテクの使い方、戦闘の勝ち方、タクティクス)
↓
技術(ツールやテクの獲得、敵兵の殺し方、テクニック&テクノロジー)
「地政学を英国で学んだ 戦略の階層:修正版」より
http://geopoli.exblog.jp/11855493/
3月10日、都内上野某所で行われた奥山真司氏の勉強会。
「戦略の階層」は確かに企業経営にも使えそう。
そんなことを思いながら、隣の席に座っていた人とこんなお話。
―― これって、福島原発事故の検証にも使えるよね。
「そう思って聞いていました」
―― あの時、菅直人は誰よりも冷静に対処すべきだった。
そして、政策、大戦略、軍事戦略レベルを担うべきだった。
ところが、こともあろうに作戦、戦術、技術レベルにまで下りてきた。
しかも、怒鳴り散らして下りてきた。
司令塔は空っぽ。現場は大混乱。そうだよね。
「ええ、そう思います」
隣の席に座っていたのは〇電社員。
「ええ、そう思います」と応えたのはまさにあの時〇電本店にいた人物。
彼とは事故発生直後から月に1~2回のペースで会ってきた。
あの時の状況についても詳しく聞いていた。
危機管理とはどうあるべきか。
奥山真司氏の「戦略の階層」があの時何が問題だったのかをあぶり出していた。
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【死んだっていい 俺も行く】原発危機的状況に前首相 東電が発言詳細記録
http://www.47news.jp/47topics/e/226717.php
水素爆発が相次ぎ福島第1原発事故が危機的状況に陥っていた昨年3月15日未明、菅直人首相(当時)が東京電力本店に乗り込んだ際の「60(歳)になる幹部連中は現地に行って死んだっていいんだ。俺も行く」などとの発言を、東電が詳細に記録していたことが15日、分かった。
菅氏の東電訪問は政府の事故調査・検証委員会の中間報告などでも触れられているが、記録からは、東電が第1原発から全面撤退すると考えた菅氏が、かなり強い口調でできる限りの取り組みと覚悟を迫っていたことがうかがえる。
記録によると、本店2階の緊急時対策本部に入った首相は、政府・東電の事故対策統合本部の設置を宣言。「このままでは日本国滅亡だ」「プラントを放棄した際は、原子炉や使用済み燃料が崩壊して放射能を発する物質が飛び散る。チェルノブイリの2倍3倍にもなり、どういうことになるのか皆さんもよく知っているはず」と強い危機感を示した。
さらに「撤退したら東電は百パーセントつぶれる。逃げてみたって逃げ切れないぞ」と迫った。
東電の事故対応について「目の前のことだけでなく、その先を見据えて当面の手を打て」「無駄になってもいい。金がいくらかかってもいい。必要なら自衛隊でも警察でも動かす」と、改善を求めた。
15日未明の段階では、2号機も水素爆発の恐れがあった。状況説明に対し、菅氏が「何気圧と聞いたって分からないじゃないか」といら立つ場面もあった。
菅氏は対策本部に大勢の東電社員がいるのを見て「大事なことは5、6人で決めるものだ。ふざけてるんじゃない。小部屋を用意しろ」と指示、勝俣恒久(かつまた・つねひさ)会長ら東電トップと対応を協議した。
菅氏が撤退を踏みとどまるよう求めた発言と、対策統合本部の設置について、福島原発事故独立検証委員会(民間事故調)は「(危機対応として)一定の効果があった」と評価している。
今月14日の国会の事故調査委員会では、菅氏の東電訪問時の映像(音声なし)が残っていることが明らかになった。
▽菅氏の主な発言
東京電力が記録していた昨年3月15日未明の菅直人首相(当時)の主な発言は以下の通り。
・被害が甚大だ。このままでは日本国滅亡だ
・撤退などあり得ない。命懸けでやれ
・情報が遅い、不正確、誤っている
・撤退したら東電は百パーセントつぶれる。逃げてみたって逃げ切れないぞ
・60になる幹部連中は現地に行って死んだっていいんだ。俺も行く
・社長、会長も覚悟を決めてやれ
・なんでこんなに大勢いるんだ。大事なことは5、6人で決めるものだ。ふざけてるんじゃない
・原子炉のことを本当に分かっているのは誰だ。何でこんなことになるんだ。本当に分かっているのか
(共同通信)
録画されていた! 菅前首相の叱責映像、東電は「公開ない」
2012.3.14 23:10
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/120314/dst12031423130025-n1.htm
東京電力福島第1原発事故で、昨年3月15日に菅直人前首相が東電本店を訪れて東電幹部らを激しく叱責する映像を、東電が録画していたことが14日、分かった。国会が設置した事故調査委員会(委員長・黒川清元日本学術会議会長)が国会内で開いた会合で明らかにした。東電は同日の記者会見で「公開は考えていない」としている。
事故調によると、東電本店や第1原発の免震重要棟をつなぐ、社内のテレビ会議システムの映像がDVDに録画されていた。
音声つきの映像もあるが、菅前首相が東電本店を訪れた際の映像の部分には、音声はついていなかったという。
映像には、菅前首相の叱責を画面越しに注視する第1原発の吉田昌郎所長(当時)も映っており、叱責の最中に4号機が水素爆発した際、ヘルメットを取り出してかぶる姿も残っているという。
菅前首相の“恫喝映像”公開要請 経産相、東電の非公開批判
2012.3.16 12:49
http://sankei.jp.msn.com/economy/news/120316/biz12031612510020-n1.htm
枝野幸男経済産業相は16日の閣議後会見で、東京電力福島第1原発事故時に菅直人前首相が東電本店に乗り込み幹部を激しく叱責した際の映像を東電が公開していないことについて、「なぜ公開しないのか意味不明だ」と述べ、公開を求めた。
枝野氏は「東電が持っているのだから、東電が公開すれば済む話だ」と、東電の対応を批判した。
映像は、本店と第1原発の免震重要棟などをつなぐテレビ会議システムで録画されていたことが判明している。
東電の記録などによると、「60(歳)になる幹部連中は現地に行って死んだっていいんだ。俺も行く」「撤退したら東電は百パーセントつぶれる。逃げてみたって逃げ切れないぞ」などと、怒鳴り散らし恫喝していた。
菅氏が危機管理監を排除、その日の官邸は司令塔なく錯綜
-専門家助言生かさず、課題山積の政治主導
http://www.worldtimes.co.jp/today/kokunai/120311-2.html
東日本大震災による東京電力福島第1原発事故で、民主党政権は首相官邸の危機管理機能を十分生かせなかった。菅直人首相(当時)は事故対応の司令塔となるべき内閣危機管理監を指揮系統から排除。専門家の事前の助言を事実上無視していたことも判明した。阪神大震災での初動対応の遅れを教訓に、政府は官邸機能の強化に取り組んできた。しかし「3・11」はどんなにスタッフを充実させハードを整備しても、それを使いこなすトップの対応次第で国家的危機を招く恐れがあり得ることを浮き彫りにした。
◇ 物資調達係に格下げ
「現場の状況が分からない。どういう対策があるのかという提案も出てこない」。昨年3月11日の事故直後、官邸内で菅氏の怒鳴り声が響いた。伊藤哲朗危機管理監(当時)ら内閣官房の危機管理スタッフが、全電源を喪失した原子炉の冷却に有効な手だてを示さなかったためだ。
菅氏は翌12日朝、自ら状況を把握しようと、ヘリコプターで福島第1原発へ乗り込んだが、伊藤氏の姿はなかった。この時、同氏に与えられた役回りは、官邸地下2階の危機管理センターに詰め、被災者への物資輸送の統括に当たること。本来の任務とはかけ離れていた。
内閣法15条は、危機管理監の任務を「国民の生命、身体、財産に重大な被害が生じる緊急事態への対処、発生防止」と規定しており、原発事故はまさに危機管理監が対処すべき事案だった。福山哲郎前官房副長官は「危機管理監は機能した。物資供給を中心に指揮をしてもらったからこそ、菅首相や私が原発対応に集中できた」と振り返る。
だが、阪神大震災を官房副長官として経験した石原信雄氏の評価は異なる。「官僚は首相が使わなければ動けない。危機管理監を責めるつもりは全くない。使わない方が問題だ」と厳しい。
経済産業省や原子力安全・保安院など「原子力ムラ」が機能不全に陥る中、官僚不信を強めた菅氏は民間の原子力専門家を内閣官房参与として次々と任命。責任の所在が曖昧になる結果を引き起こした。
震災発生約2カ月半前の2010年12月28日、軍事アナリストの小川和久氏は官邸に菅氏を訪ね、危機管理強化へ「各省庁課長級で10人規模の司令塔チームを設置すべきだ」と助言した。小川氏は、非常事態への対処では首相を支える少数精鋭の「幕僚」が必要と説き、原発のテロ対策など東電の備えが不足していると訴えた。
小川氏によると、菅氏は疲れた表情で、メモを取ることもなかったという。当時、菅氏は民主党の小沢一郎元代表の「政治とカネ」をめぐる問題や、ねじれ国会への対応に忙殺されており、危機管理に関心が向かなかったとみられる。原発事故対応を見る限り、菅氏が小川氏の進言を生かした形跡はうかがえない。
◇ 政治家が責任を
今年に入り、震災復興や原発事故に関する政府の対策会議の議事録が作成されていなかった問題が判明した。事故発生直後の避難区域決定などで重要な役割を果たした原子力災害対策本部では議事概要すら作っていなかった。
「日本が信用回復に必要なのは、全てのプロセスを公開することだ」。2月下旬、政府の招きで来日した米原子力規制委員会(NRC)のリチャード・メザーブ元委員長はこう指摘した。NRCは事故後の会議の様子や電子メールを公表、これにより、80キロ圏内の米国民に避難勧告を決めるに至った緊迫のやりとりが明らかになった。
意思決定過程を記録に残し、国民への公開を徹底する米国と、震災から約1年後に「不完全」な議事概要を慌てて作成した日本との姿勢の違いは明白だ。最終的にそれは責任の所在はどこにあり、誰が責任を取るのかという問題に結びつく。佐々淳行元内閣安全保障室長は「政治家が責任を負うべきだ」と強調するが、政治の動きは鈍い。
【解説】 内 閣 危 機 管 理 監
政府の危機管理を統括する特別職の国家公務員。内閣官房に席を置き、100人規模のスタッフを指揮する。大規模災害や重大事故、ハイジャックやテロなどの緊急事態に際し、首相への助言や省庁間調整などを担う。
阪神大震災で政府の情報収集、初動が遅れたのを教訓に、橋本政権下の1998年4月に初代の安藤忠夫氏が任命された。東日本大震災の発生当時は伊藤哲朗氏が務め、昨年12月に現在の米村敏朗氏に交代した。歴代5人はいずれも警察官僚OB。
危機管理は少数精鋭で=佐々淳行元内閣安全保障室長-震災1年
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201203/2012030200726
-当初から首相官邸の初動を批判していたが。
当時十分な情報はなかったが、報道や後輩たちの話を聞いてこの初動措置はまずいと思った。約1年たった今日、その批判は正鵠(せいこく)を射ていたと確信が深まった。
昨年3月11日に起こった事態は、重大な国家的危機だった。安全保障会議を招集すべきだった。少数精鋭で対処し、首相が最終的に決断していくのが官邸の危機管理の在り方だ。
警察法には非常事態規定があり、警察を首相直属とし、警察官25万人を動員できるが、それをやっていない。消防も統括指揮官がいない。
官邸には(5階の首相執務室と地下の危機管理センターの)指揮所が2カ所あった。情報も指揮命令系統も、最後まで二元化した。意思疎通を欠き、大混乱となった。
-官邸の危機管理の仕組みに問題があったのか。
仕組みには問題ない。運用面で菅内閣は特にひどかった。仕組みはせっかく欧米並みにできていたのに、経験がなく、未熟で不勉強だった。政治主導という誤った観念に取りつかれていた。
-菅直人首相(当時)は東京電力福島第1原発事故の翌朝に現地視察に向かった。
原発への海水注入など、最終的な決断を下さなければいけない場面で物理的に逃げた。指揮権を官房長官に委任することなく、放り出した。人命に関わる危機管理の初動措置で一番まずいのは指揮官がいないことだ。「想定外」と言ったことも問題だ。最悪に備えないといけない。危機管理に絶対に必要なのは悲観的な想像力だ。
-会議が乱立し、内閣官房参与も多数任命された。
船頭多くして船山に上ると言うが、周りにたくさん人がいれば危機管理態勢が強化されると思ったら大間違いだ。収拾がつかなくなる。
-責任はどこにあるのか。
政治家が責任を負うべきだ。政治主導といって役人を追い出した。危機管理にあずかった(内閣危機管理監などの)官僚が14人いるが、このうち12人が更迭された。「3・11」を経験した人がいなくなるとまずい。(2012/03/06-14:54)
指揮混乱、官邸機能せず=「危機管理庁」に反対-古川貞二郎元官房副長官・震災1年
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201203/2012030400090
-官房副長官当時、現在の首相官邸の整備を取り仕切り、危機管理態勢を強化したが。
阪神大震災では官邸に情報収集窓口もなかった。現官邸には24時間体制の情報集約センター、危機管理センター、ヘリポート2基を造った。橋本龍太郎首相(当時)から「同時に違った災害が起こることもある」と言われ、複数の災害にも対応できる体制にした。完璧とは言わないが、ハードはかなり整備した。
問題はハードだけではない。首相を中心に、指揮命令、責任、情報の集約共有、対応方針をどうするのか運用面が重要だ。ハードとソフトが相まって、危機管理は十分な成果が発揮できる。
-内閣危機管理監ポストも創設した。
(危機管理監が必要だと)橋本首相に進言した。首相の下で陣頭指揮を執る役割とともに、世界中の大災害の知見を蓄積し、マニュアルを整備し、災害を未然に防ぐため、専任の危機管理監が必要ということで設けた。
ところが今回は危機管理監の動きが見えなかった。「政治主導」という名の政治家主導みたいなところがあって、十分活用されなかったのではという疑念はある。国家的な危機であれば、政治主導という段階ではなく、総力を挙げてやらないといけない。
-東日本大震災では官邸の会議が乱立した。
正直誰がやってもなかなか大変だったろうと思う。批判のためでなく、厳しく反省し今回の対応を教訓とするため申し上げると、指揮命令系統と責任体制が非常に不明確だった。危機管理は少数精鋭主義だが、正反対だった。そこに大きな混乱があった。
阪神大震災の初動では情報が入らず、批判もされたが、閣僚、官邸、各省庁も一生懸命やった。村山富市首相(当時)は「とにかく存分にやってくれ。責任は全部俺がとる」という姿勢を貫いた。
-民主党は「危機管理庁」を提唱している。
反対だ。危機管理は指揮命令系統と責任体制をつくった上で、警察、消防、自衛隊、自治体、関係機関が連携しなければいけない。屋上屋を架すことになる。中枢機能がしっかりし、関係機関が連携する体制をつくるほうがいい。(2012/03/06-14:56)
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