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日経「経済教室」:非伝統的金融政策評価と展望(上)&(下)2010/07/10 08:21



<関連記事引用>

非伝統的金融政策評価と展望(上)専修大学教授田中隆之氏(経済教室)
2010/07/08 日本経済新聞 朝刊

景気刺激、効果薄だが必要  緩和継続、市場に示せ 国債引き受けは「最終手段」

ポイント

○金融政策、危機対応から成長促進の段階へ

○準備供給や信用緩和、景気への効果乏しく

○景気刺激策の「成長基盤強化」には批判も

 日銀は、2008年12月以降、コールレートがほぼゼロに達する「ゼロ金利制約」に直面し、金利引き下げという通常の政策手段を失った。その下で繰り出された様々な非伝統的金融政策は2つのフェーズに分けることができる。

 第一は、09年12月までの時期で、主にリーマン・ショック後に深刻化した金融システム不安への対策が、政府の対策と並行して打ち出された。第二フェーズは、それ以降現在まで継続中である。09年11月に政府が行ったデフレ宣言に対応する形で、デフレ脱却を意識した景気刺激策・成長促進策が打ち出されている。

 中央銀行が行う政策手段は、景気刺激策と金融システム安定化策の、双方の効果を持つ場合が少なくない。しかし、個々の政策手段にどちらの効果がどの程度期待できるのか見極めることは重要であるし、また現実に取られる政策でどちらが主目的なのか認識することも必要だ。こうした観点で非伝統的金融政策を整理し直すと、次のようになろう。

 第一は、中央銀行が、市中銀行に所要準備を超える準備預金(超過準備)を供給する政策だ(表の(3))。これを6月4日付本欄の岩本康志東大教授の論考にならい「準備供給政策」と呼ぼう。日本で01年から06年まで行われた量的緩和政策の中心に位置したのがこの手段だ。このとき、当初は景気刺激策としての役割(ポートフォリオ・リバランス効果)が期待されたが、それは大きくはなく、市中銀行の資金繰りを容易にする流動性対策としての金融システム安定化策の役割が大きいことが明らかになった。

 第二に、中央銀行が、民間のリスク資産つまり証券類を購入する「信用政策」がある(同(4))。米連邦準備理事会(FRB)は、リーマン・ショック後、住宅ローン担保証券(MBS)、政府関係機関(GSE)債などを市場から買い取ったが、金融システム不安の広がりによる信用収縮、つまりこれらに買い手が付かなくなる事態を解きほぐす役割を持った。バーナンキFRB議長は、この政策を「信用緩和」と呼び、日本の量的緩和が中央銀行のバランスシートの負債側の拡大に重点があったのに対し、資産側の作用に注目した政策であると強調した(ただし、同時に負債側も膨らんだから、この措置は準備供給政策も兼ねた)。

 だが景気刺激策としての「緩和」効果ははっきりしない。理論上は、資産価格の上昇による資産効果、リスクプレミアムの低下による金利低下などを通じた刺激効果が考えられるが、それより一般企業の資金繰りを意識した流動性対策、つまり金融システム安定化策としての側面が大きかったことは間違いない。

 第三に、市場での短期金利の先行き予想を下げて、長期金利引き下げを図る「時間軸政策」だ(同(5))。量的緩和期の日銀はデフレ脱却まで当時ゼロだったコールレートを引き上げない旨を約束した(政策コミットメント)。その原理は、「長期金利は現在の短期金利と将来各期の短期金利の予測の平均で決まる」という金利の期間構成に関する期待仮説に基づく。これは純然たる景気刺激策だが、今回日銀は行っていない。

 第四は、実質金利引き下げを狙うインフレ期待形成策である(同(6))。名目金利はゼロよりも低くならないが、このとき仮に期待インフレ率が2%に上昇すれば、企業が設備投資の目安とする実質金利はマイナス2%に低下する。かつてクルーグマン米プリンストン大教授は、日銀が「将来インフレが来ても金利を上げずにインフレを放置する」と約束することでインフレ期待を形成せよと提案した。

 だが「通貨の番人」としての信認の厚い中央銀行ほど、そうした非現実的な約束を市場に信じ込ませるのは難しい。日銀はこれを行わず、今のところその他の中央銀行もこれを行う気配はない。

 以上を前提に、リーマン・ショック後の日本の金融政策展開を再検討しよう。まず第一のフェーズでは、日銀は利下げのほか、非伝統的金融政策として準備供給政策と信用政策の双方を行った。特に08年12月導入の企業金融支援特別オペとコマーシャルペーパー(CP)買い入れ、09年2月の社債買い入れという「3点セット」は、企業の資金繰りを意識した流動性対策だった(信用政策)。それは同時に大量の超過準備を市中銀行に供給することになり、市中銀行の流動性対策ともなった(準備供給政策)。なお政府は、同時期に、中小企業向け低利融資、CP買い取りなどを行い、金融機能強化法による銀行の資本増強など、中央銀行が行い得ない支払い機能強化策(ソルベンシー対策)も打ち出した。

 第二のフェーズに至り、日銀は信用政策にピリオドを打つ一方、準備供給政策を継続し、新たな景気刺激策を追加しているとみられる。09年12月末から10年3月末にかけて前述の「3点セット」を終了させ、代わりに09年12月初めに当初新型オペと呼ばれた固定金利オペを導入した。

 固定金利オペはやや長めの金利(3カ月物)のさらなる低下を促すもので、狙いは景気刺激策だろう。もっとも民間企業信用を担保に政策金利と同じ0・1%で3カ月間の資金を供給する形態には、先の企業金融支援オペとあまり違いがない。つまり固定金利オペは、信用政策の持つ(金融システム安定化効果ではなく)景気刺激効果に期待して打ち出されたとみることができる。なおこの結果、日銀のバランスシートの負債側で準備預金の供給は増えており、準備供給政策は続いている。

 さらに先月、成長基盤強化支援貸付制度が導入された。総額最大3兆円を、成長基盤強化目的で融資を行う金融機関に0・1%で貸し出す。潜在成長率や生産性の引き上げを狙う供給側の政策であると同時に、設備投資などの需要を喚起する景気刺激策であるといえる。同制度には、政府系金融機関の政策金融の守備範囲を侵す、成長分野への資源配分は市場に任せた方が効率的だ、などの批判がある。

 金融政策の今後の課題は何か。

 第一に、信用収縮が収まっている半面デフレから脱却していない現状で、日銀は非伝統的金融政策の景気刺激的側面に期待した政策を継続していくべきだ。その効果は大きくないにしても、全くないわけではない。金融緩和を当面続けるという姿勢を市場に伝えることで、今回は明示的に行っていない時間軸政策と同じロジックにより、長期金利を低位に導くことができる。

 第二に、この先日銀が行いうるデフレ脱却・景気刺激の追加策として長期国債の買い入れ増額をどう考えるかだ。単純な国債買い入れ増額は、準備供給政策の拡張にすぎない。これを超えるには、日銀が市場から国債を買い入れ、政府が同額の国債を発行することで、財政法で禁じられている日銀の国債引き受けを事実上行うしかない。その上で政府が支出すれば景気刺激効果が得られるうえ、確実にマネーストック(貨幣供給量)が増えるから、物価が上昇してデフレから抜け出すことができる(いわゆる「ヘリコプターマネー政策」、表の(7))。つまり準備供給政策を行ってもポートフォリオ・リバランス効果が表れない状況を完全にクリアできるわけだ。

 だがこの政策には、政府と日銀の連携が必要だ。そして仮に日銀が単独で大量の国債を買い入れ始めたとすると、それは政府にこの政策を促すメッセージとなる。むろんその選択肢も厳然として存在する。しかし、それは先進国最大の政府債務残高をさらに増やし、克服に時間のかかるインフレを招くリスクを負うだけに、最後の手段ともいえる。実行するとすれば国民的合意が不可欠となるだろう。

 たなか・たかゆき 57年生まれ。東大経卒、専修大博士。専門は財政金融政策、日本経済論

【表】財政金融政策の整理         

政 策      景気刺激効果   金融システム安定化効果

(1)財政政策(公共投資、減税、給付)      ○   ―

(2)伝統的金融政策(金利引き下げ)      ○   ―

非伝統的金融政策

  (3)準備供給政策(量的緩和)   △   ○

  (4)信用政策(信用緩和)   △   ○   

  (5)時間軸政策(名目長期金利低下を狙った政策コミットメント)  ○  ―

  (6)インフレ期待形成策(実質金利低下を狙った政策コミットメント) ○ ―

(7)国債日銀引き受けによる財政拡張(ヘリコプターマネー政策)   ○  ―

(注)(5)は日銀が2001~06年の量的緩和期に実施。(6)は1998年にクルーグマン教授が提言したが日銀は実施せず     


非伝統的金融政策評価と展望(下)東短リサーチ加藤出氏(経済教室)
2010/07/09 日本経済新聞 朝刊

東短リサーチチーフエコノミスト加藤出氏

「成長基盤強化」は苦肉の策 手詰まり感、欧米でも 景気刺激へ骨太の議論を

ポイント

○米の準備預金急増したが銀行信用は増えず

○英国の量的緩和策、効果に懐疑的な声多く

○出口論は時期尚早だが次の危機へ備え必要

 ユーロ危機や米国の雇用・住宅市場の回復鈍化などにより、超金融緩和策の出口政策が遅れるのではとの見方が世界的に強まっている。市場からは米連邦準備理事会(FRB)の追加緩和策の可能性を議論する声も聞こえ始めた。

 とはいえ、既に多くの先進国の中央銀行は、短期金利をゼロ%近い水準に引き下げ、資金供給、資産購入でバランスシートは空前の規模に膨らんでいる。例えばFRBの資産規模はリーマン・ショック前の約2・6倍に達し、準備預金も平時の100億ドル前後から1兆ドル以上へ増大した。

 非伝統的な金融政策を現時点でどう評価し、今後どうあるべきか、市場関係者との議論も踏まえ、以下で考えたい。

 ニューヨーク市場で金融政策を分析する有力FEDウオッチャーらは、FRBの政策に対し(1)市場の混乱で金融商品の価格が異常に低くなった(アンダーバリュー)とき、中央銀行が介入し混乱の波及を防ぐ信用緩和策は効果があった(2)だがFRB幹部らがよく説明するように、準備預金増大を通じた量的緩和策が実体経済を刺激したか判然としない、と現時点で評価する。実際、FRBは現行政策を量的緩和策と呼ばれるのを拒んでいる。

 米国の銀行信用(貸し出し、リース、証券購入など)は2007年は前年比10%前後の伸びを示していた。その後準備預金が急膨張したにもかかわらず急減が続き、最悪期からは回復したが、今年5月以降1~2%程度の減少を見せた(図)。一方食料・エネルギーを除くコア物価上昇率は著しく下落している。今年3月コーンFRB副議長(当時)が述べたように「銀行の行動はケインズが唱えた流動性のわなと整合的」といえる。

 米銀はバランスシート調整に加え、様々な資本規制や総資産利益率(ROA)など経営指標への配慮も必要だ。一昔前の教科書的な説明と異なり、準備預金やマネタリーベース増大は銀行行動を積極化させる十分条件にならない。

 昨年6~9月の米連邦公開市場委員会(FOMC)は、準備預金増大が逆に銀行の貸し出し意欲をそぐ懸念を議論していた。資本に対する総資産の比率上昇を抑えたい銀行は、FRBが資金供給で準備預金を増加させ続けると、どこかの段階で他の資産を圧縮する必要が出てくるからだ。

 仮に景気が二番底に陥った場合、FRBは追加緩和策に悩むことになりそうだ。彼らは今は二番底懸念をメーンシナリオに置いていないが、今年3月に停止したモーゲージ担保証券(MBS)の買い取りを再開すれば、MBSの残存期間が長いだけに将来の出口政策は一段と困難になる。

 昨年3月に開始した国債買い入れの効果がはっきりしないことから、FRBはこれを同10月に停止した。アジアの大口米国債保有者が、政府の借金を中央銀行が肩代わりするという「マネタイゼーション」に見えるとして、嫌ったことも影響したとの推測もある。FRBが国債購入を再開する場合は、“マネタイゼーション疑惑”が生じないように配慮する必要があろう。

 非伝統的政策の政治的コストも無視できない。大胆な信用緩和策によるウォール街救済は、納税者負担を生む恐れがあり、有権者や議会の激しい怒りを招いた。バーナンキ議長の再任も一時危ぶまれ、FRBの独立性に制限を加える法案も活発に議論された。

 欧州中央銀行(ECB)も準備預金増大の需要刺激に否定的な中で、唯一、世界で量的緩和策の看板を掲げたのがイングランド銀行(BOE)だ。BOEは昨年3月に国債買い入れを中心とする量的緩和策を開始した。筆者は5月下旬からロンドンに駐在しているが、シティー(金融街)では量的緩和策の効果に懐疑的な声が増えている。銀行貸し出しは停滞し、BOE自身もそれを認め始めている。「資産購入の規模と比べ広義のマネーサプライにほとんど変化はない」(マイルズ委員)との発言が幹部から出ている。

 一方BOE幹部は、国債の大規模購入で、10年国債利回りと、翌日物金利の先行きを予想して取引する翌日物金利スワップ(OIS)の10年物ポンド建てレートのスプレッド(開き)が縮小した、つまり相対的に国債利回りが低下したと主張する。10年物OISレートは、今後10年の銀行間翌日物金利の市場予想を反映したもので、そこには期間や財政プレミアムは含まれていない。よってそのスプレッドはそれらのプレミアムの大きさを表すことになる。

 確かにBOEの量的緩和策開始後、同スプレッドは大幅低下したが、昨年11月ごろから急拡大し、今年に入り量的緩和開始前の水準に戻った。現時点で国債買い入れの効果は不明確だ。

 こうした中で、今後、日銀はどうあるべきか。既に銀行間市場は日銀が供給した余剰資金で「ジャブジャブ」だ。銀行間翌日物金利は0・1%という超低水準で、事実上下げ余地はない。欧米の中央銀行も翌日物金利をほぼゼロにする政策を避けている。利下げによる微々たる限界的な効果より、短期金融市場の資金再配分機能を消失させる点を彼らは懸念している。

 またBOEの金融政策委員会は、短期金利をゼロにすると金融機関の収益を圧迫して、彼らのリスク許容力の改善を阻み、信用収縮の解消を逆に遅らせると説明する。

 マッキノン米スタンフォード大学教授は、一段の利下げどころか現在FRBがつくり出した低金利環境でさえ、リスクに見合ったリターンが得られなくなり銀行の貸し出し意欲に悪影響を与えていると警告する(7月6日付米ウォール・ストリート・ジャーナル)。日本の場合、先行きの人口減や高齢化、財政問題、アジアなどとの競争激化といった将来不安が横たわるだけに、低金利政策による需要刺激は特に難しいだろう。

 一方、日銀のバランスシートは既に異様に水膨れしている。09年の名目国内総生産(GDP)に対する中央銀行の6月下旬の総資産の比率は、日本が24%、米国が16%、ECBが24%、英国が18%と、ECBが追いついてきたが、日銀が長くトップであった。

 また日本の銀行券発行残高は、超低金利の長期化を主因に他国に比べ圧倒的に巨大だ。20年前の1人あたり発行残高は26万円だったが、今年6月末は61万円と、米国の26万円、ユーロ圏の27万円、英国の11万円(いずれも円換算)をはるかにしのぐ。

 日銀は「長期国債保有高は日銀券発行残高以内とする」とのルールを掲げているが、日銀券残高が巨額なため、日銀の国債購入も大規模である。6月下旬の長期国債保有高はGDP(09年)比で11%と、同14%のBOEより小さいがFRB(5%)やECB(1%)よりはるかに大きい。しかも米英は既に買い取りを停止した。日銀が今後も年間21・6兆円規模の国債購入を続けると数年後の保有高は日銀券発行残高に近づき、GDP比は16%前後になる。

 それでも早期のデフレ克服がみえない点に、問題の難しさがある。厳しい財政状況の中で日銀が国債購入をさらに加速すれば、マネタイゼーションと見なされる恐れがでて、制御が困難になるだけに、熟考が必要だろう。

 有効性があり、かつ持続可能な追加緩和策が現時点では見つからない中、日銀が先月導入を決めた、成長産業への金融機関の融資を日銀が支援する「成長基盤強化策」は、苦肉の策であろう。産業政策の領域は、本来、中央銀行の業務ではない。

 だが前述のように、国債購入や準備預金増大による安定成長達成が困難と考えられる中、小手先の政策論ではなく日本の成長期待を高めるための議論を国民全体で行っていくことは非常に重要である。

 また、現時点では効果に限りがある各国の中央銀行による大規模な流動性供給も、バランスシート調整が世界的に進めば、威力を発揮し始め、次の金融危機の火種になる恐れもある。出口政策の議論は時期尚早だが、金融的な不均衡が蓄積することはないか、注意を怠るべきではない。

 かとう・いずる 65年生まれ。横浜国大経済卒。02年より現職