堂(タン)と御嶽(うたき)と聖なる森 ― 2009/10/23 09:16

<関連記事引用>
出版:『原始の神社をもとめて』 著者・岡谷公二さんに聞く
2009/10/22毎日新聞朝刊
日本の神社はいかにして成立したのか?――。この興味の尽きない課題に新しい切り口で迫る『原始の神社をもとめて』(平凡社新書・924円)が出版された。副題に「日本・琉球・済州島」とあり、朝鮮半島文化との関係に大きく踏み込んでいるのが刺激的だ。著者の岡谷公二・跡見学園女子大名誉教授に聞いた。【伊藤和史】
◇「堂と出合ってますます複雑に」
「堂(タン)と御嶽(うたき)が、まさかこんなに似ているとは思わなかった。感動しましたね」
2002年、朝鮮半島の南に浮かぶ韓国最大の島・済州島で、初めて堂を見た印象を岡谷さんは生々しく覚えている。
「堂」とは、耳慣れない言葉だ。数本の大木がこんもりと茂った韓国の聖地のことである。一方、御嶽とは沖縄の聖地。こちらも南島の常緑樹が茂る森で、森の中の空き地にはサンゴ礁の白砂が敷かれ、祭りが行われる。本土の神社に相当するが、社殿はおろか、鳥居などの人工物がまったくないところもある。
その堂と御嶽がそっくり。
「堂も建物が少なく、あっても控えめ。女性がお祭りをするところまで同じなんです」
岡谷さんは1961年、初めて御嶽を訪れた。「人工のさかしらが一切ない。何もない方が神と直接向かい合えるんです。社殿などは、雨風をしのごうという人間の都合で生まれたもの。信仰にとっては堕落でしょう」
最初の感激はさめることなく、岡谷さんは、御嶽の何もつくらせない力こそが日本人の精神の原点と考えてきた。
こうした特徴はもともと本土の聖地でも同じだったが、仏教の影響で社殿がつくられるようになり、沖縄に古い形が残った――これが定説でもある。
ところが、最新の研究や遺跡の発掘成果によると、少々様相が違ってきた。
沖縄では12世紀以前の歴史がはっきりしない。だが、どうやら平安末~南北朝時代前後に本土から人と文化が流入し、御嶽の元になる信仰も入ってきたようなのだ。だが、そのころ、本土ではすでに神社は社殿をもち、神主も男性に変わった。
御嶽の信仰が本土由来だとした場合、社殿をつくらない、女性が主体といった御嶽の信仰の実情の説明がつかないのだ。
この難問に直面したとき、岡谷さんが出合ったのが済州島の堂である。
「朝鮮半島に『堂』があることは知っていた。でも、神樹の信仰はあっても森の形をなしていることは少ないし、だいたいは堂舎があって、祭祀(さいし)も儒教風に男性が行うと聞いていて、重視しなかった。ところが済州島は違いました」
済州島にももちろん儒教は入っているが、影響は比較的弱かったらしい。女性の手によって、なんとか堂の祭りが維持されてきたという。
こうして神社や御嶽の成立を考えるうえで、朝鮮という新しい要素が加わった。日本に最も近い韓国である済州島と琉球との意外なまでの密接な交流ぶりや、信仰の類似性に肉迫してゆく過程はスリリングで読み応え十分。同時に、こうした記述はタブーへの挑戦でもある。
「神社は日本のものだという考えは、戦前はもちろん戦後も根強いですからね」。本書では、神社をめぐるもう一つのタブー、「神社の前身は墳墓か」という問題にも踏み込んでいる。清浄を至上とする神社にとって、死のケガレはもっとも忌むべきこと。タブーなき議論は、この本の特に痛快なところだ。
とはいえ、神社と御嶽の間に堂を置いたとしても、すぐに全体の成立事情が解明できるほどに簡単な問題ではない。どちらがどう影響を与えているのか、その方向が一方通行のはずもなければ、時期も単純ではなく、すべてが今後の課題だろう。
「堂と出合って、ますます一筋縄ではいかない複雑な問題だと思うようになりました。でも、御嶽と神社だけが並んでいたところに堂が加わって、解決の気配が出てきた。沖縄などの南島と済州島、それに九州の西部は古代には同じ文化区域だったと思う。このことを視野に入れない限り、日本の神社のことはわからないでしょう」
◇暖流沿いの聖地の森
御嶽のような社殿なき聖地の森は、日本では沖縄以外にもある。その分布が興味深い。
沖縄のほか奄美大島、種子島、対馬、壱岐、山口県の蓋井(ふたおい)島、島根県の西石見、福井県・若狭湾の大島半島と、明らかに対馬暖流に沿った地域に点々と存在している。みだりに入ったり、木を切ったりしてはいけないというタブーも似ている。
ただ、済州島に最も近い五島列島にはこの種の森が見つかっておらず、岡谷さんも今、大いに気になっているそうだ。
■人物略歴
◇おかや・こうじ
仏文学者・美術史家。1929年東京生まれ。画家・ゴーギャンや民俗学者・柳田国男に関する著書のほか、御嶽や神の森の考察として『神の森 森の神』『南の精神誌』など。
<関連書籍>
「原始の神社をもとめて―日本・琉球・済州島」岡谷公二 (著)
http://www.amazon.co.jp/%E5%8E%9F%E5%A7%8B%E3%81%AE%E7%A5%9E%E7%A4%BE%E3%82%92%E3%82%82%E3%81%A8%E3%82%81%E3%81%A6%E2%80%95%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%83%BB%E7%90%89%E7%90%83%E3%83%BB%E6%B8%88%E5%B7%9E%E5%B3%B6-%E5%B9%B3%E5%87%A1%E7%A4%BE%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E5%B2%A1%E8%B0%B7-%E5%85%AC%E4%BA%8C/dp/4582854885/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=books&qid=1256227139&sr=1-1
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