北斎『富嶽三十六景・神奈川沖浪裏』 ― 2009/01/13 00:57
水の世紀で日本企業は「水メジャー」になれるのか? ― 2009/01/13 08:19
『水の世紀にうごめくウォーター・バロン』
園田義明
(※2006年10月に書いた原稿)
■21世紀の戦争と水
二十世紀は石油の世紀だった。大国は石油の利権をめぐって争ってきた。そして、二十一世紀は水の世紀になると言われる。人口増とともに水不足が深刻化し、環境汚染や地球温暖化の不安も抱える。国境を越えて流れる国際河川は二六三、古来そこでは水争いが絶えなかった。戦端が開かれれば水は脅しに使われる。
今年七月、イスラエルは隣国レバノンへの空爆を開始した。この戦闘中、ゴラン高原では国連兵力引き離し監視軍(UNDOF)に参加中の陸上自衛隊宿営地近くにヒズボラから発射されたロケット弾が着弾する。
第三次中東戦争でイスラエルが占領したゴラン高原は標高千メートル級の丘陵地帯を成し、キリストの「山上の垂訓」の舞台として知られるガリラヤ湖やヨルダン渓谷を見下ろす戦略的要衝となっている。
イスラエルのデヒテル警察相は「和平と引き換えに、ゴラン高原を返還することはあり得る」と述べ、ヒズボラを支援しているとされるシリアとの和平実現に意欲をみせた。これにはヒズボラを孤立させる狙いもある。しかし、この問題は簡単に解決できそうにない。イスラエルは水需要の三割をガリラヤ湖に頼っているからだ。
イラク戦争で陸上自衛隊が派遣されたサマワがあるムサンナ県にはユーフラテス川が流れる。今や塩分濃度が高く飲料や農業用水には適さない。きれいな水の確保のために自衛隊の給水活動が行われた。
イラクの戦後復興で十大事業のひとつとして注目されているのも水道事業である。水面下で米エンジニアリング大手のベクテルと英エンジニアリング大手のエイメック、それに英独系テムズ・ウォーターなどが熾烈な受注合戦を繰り広げている。
米政府は米国が発注するイラク復興事業の元請け企業をイラク戦争や戦後復興に協力的な国に限定する方針を決め、開戦に反対した仏独露などは除外された。
この結果、ベクテルは早々に基盤整備事業の主契約先に選定され、この中には上下水道設備の修復も含まれていた。フセイン政権の即時打倒を訴えていた一人がベクテルの社長や取締役を務めてきたジョージ・シュルツ元国務長官である。
シュルツのブッシュ政権への絶大な影響力に対抗するかのように、イラク戦争中にエイメックは米建設大手のフルーアとフルーア・エイメックを設立、イラクの水道事業の一部を約五億四千万ポンド(約千四十億円)で受注し、新たな上水道供給プラントの建設などを行うことになる。
■ウォーター・バロンの布陣
世界のミネラルウオーター市場は約四兆円規模に達すると見られており、有力ブランドの大半はフランスの食品大手ダノン(エビアン、ボルヴィックなど)とスイスの食品大手ネスレ(ペリエ、ヴィッテルなど)の欧州二社が独占する。
フランスの水戦略はミネラルウオーターにとどまらない。飲料水を供給する水道事業でも世界を席巻する。ヴェオリアとオンデオ、それに英独系テムズ・ウォーターを加えた三社で世界の民営水道事業の約八〇%を牛耳っている。
フランスでは一八五三年にジェネラル・デゾーが設立され、公営だったリヨンの水道事業を請け負った。このジェネラル・デゾーがビベンディ・ウォーターとなり、現在のヴェオリアとなる。一八八〇年にはリヨネーズ・デゾーが設立、スエズ・リヨネーズ・デゾーを経て、現在のオンデオとなった。ともに水道事業のパイオニアとして二大最大手グループを形成している。
英国ではサッチャー政権時代の一九八九年にイングランドとウェールズの10の水道公社の完全民営化に踏み切った。この時に誕生したテムズ・ウォーター(旧ロンドン市水道公社)は〇〇年に独エネルギー大手であるRWEに買収された。このRWEは欧州大陸での電力とガスに経営資源を集中するために、年内にも売却することを発表している。
仏系二大最大手、それにテムズ・ウォーター、仏サウル、ベクテル、英ユナイテッド・ユーティリティーズなどの準大手を含めたグローバル水企業はウォーター・バロン(水男爵)と呼ばれている。
■ウォーター・バロンと迎え撃つ日本勢
すでにウォーター・バロンは日本に上陸している。特に積極的なのはヴェオリアである。
日本の平成十五年度の水道事業の経常収入は三.二兆円。この九割が料金収入となっている。世界的規模での民営化促進は日本にも波及し、一九九九年の「民間資金の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律」(通称PFI法)が成立して以来、〇二年には改正水道法施行で一部業務の民間委託が実現、〇三年の改正地方自治法施行で指定管理者制度が導入され、官民パートナーシップ(PPP)促進に道が拓かれた。
一九七五年頃に新設ピークがあった水道設備が老朽化によって更新期を迎える中で、総合力が問われる水道サービスでは欧州勢に「水」を開けられている現状にあって、日本企業はヴェオリア・ウォーター・ジャパンに歩み寄る。
ヴェオリアは丸紅と「ジェネッツ」を設立、さらに丸紅は昨年八月にこのジェネッツと水道機工と共同出資で「水世」を立ち上げ、水処理施設の運営管理から検針・料金徴収までの一括受託を担える体制を整備している。
また、昭和電工グループとも事業提携し、昭和エンジニアリングが行う水処理統合事業会社「昭和環境システム」の四九%の株式を保有、共同で高機能水処理システムの開発を目指している。
さらに今年七月には西原環境テクノロジーと水環境分野における浄水場・下水処理場の維持管理(O&M)事業に関する資本契約を結ぶ。
配水管路及び配管更生工事分野でもヴェオリア・グループのサデが三菱系機械専門商社の東京産業と「ティーエス・サデ」を設立している。
迎え撃つ日本勢を見てみよう。三菱商事は水処理施設の維持管理に実績のある日本ヘルス工業と「ジャパンウォーター」を設立、他に荏原、日本上下水道設計、栗本鐵工所、積水化学工業などの「ジェイ・チーム」、水道コンサル大手の日水コンとクボタの「トップス・ウォーター」などが相次いで設立された。
異業種からの参入もある。関西電力や大阪ガスなどは検針や料金徴収など本業のノウハウを武器に新たな収益の柱に育てようとしている。
しかし、当初の見込みほど民間委託が進まず、総じて苦戦中となっている。おそらくヴェオリアも日本企業の高度な技術を取り込みながら、日本を足場に水事情に苦しむ中国市場への本格的な参入を目指しているものと思われる。
■海水淡水化技術にうごめく隠れたウォーター・バロン
最後のもう一度中東を振り返ろう。一九九一年の湾岸戦争時に世界中で放映された「原油まみれの海鳥」も記憶に新しい。米国とイラクは互いに相手側が起こした原油流出の結果だと非難し合い、真相は謎のままとなっている。後に情報戦ばかりに議論が集中し、大量の原油がペルシャ湾岸諸国の海水淡水化プラントにダメージを与えた事実が忘れ去られた。これが戦略的な流出であれば、戦時において水資源には手をつけないというタブーを破ったことになる。
湾岸諸国は外貨収入のほとんどを石油や天然ガスの輸出に依存している。しかし、どんな産業にも必要な天然資源が足りない。それが「水」である。十分な水をどう供給するかが国家安定の鍵を握る。社会基盤整備の遅れが体制への不満やイスラム原理主義への傾倒を招き、テロリストの温床となりかねないからだ。このために巨額の金が水のために費やされている。
今や原油高を追い風に、新たな海水淡水化プラント計画も目白押しとなっており、独立系発電造水事業(IWPP)の大型案件も相次いでいる。
既存の海水淡水化プラントのほとんどが一九七〇-八〇年代に日本の技術によってつくられたものであり、一斉に更新期を迎えようとしている現在、再び日本の優れた水関連技術に熱い視線が注がれている。日本の強みは東洋紡や東レなどの繊維メーカーが持つ濾過膜技術にある。
エネルギー資源の乏しい日本の将来は「水」にかかっていると言える。
▼関連記事
奥田碩の「水と油」外交
http://y-sonoda.asablo.jp/blog/2008/07/26/3647458
▼引用開始
水資源ビジネス、官民で本格参入 政府は融資で支援
http://www.nikkei.co.jp/news/keizai/20090113AT3S0902A12012009.html
政府と民間企業は協力して、世界の水資源ビジネスに本格参入する。民間企業を中心に近く協議会を設置、水需要が高まるアジアや中近東を念頭に官民連携で市場開拓を目指す。日本企業が強みを持つ水処理膜や排水処理技術での進出を足がかりに、長期的に利益が見込める上下水道の運営に進出する計画だ。政府は政府系金融機関の融資や貿易保険を通じて支援。年内にもアジアで試験事業を始め、他地域に広げていく方針だ。
世界の水資源ビジネスを巡っては「水メジャー」と呼ばれる欧州の大企業が大きなシェアを占め、日本企業の進出は遅れているのが実情。今後、水ビジネスの市場拡大が見込まれ、国際貢献にもつながることから、官民一体で取り組む必要があると判断した。(07:00)
▲引用終了
日本企業は官よりも、欧州の水メジャーと組んだほうがいいと思いますけどね。
人脈と情報力の差が大きすぎる。
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