マッカーサー2世とAIGとCIA ― 2008/10/08 11:18
昨日の記事でアメリカン・インターナショナル・グループ(AIG)の日本進出にはGHQが直接関与していた。しかも、 AIG創業者のコーネリアス・バンダー・スターを日本に招き入れたのはダグラス・マッカーサー本人だった可能性があると書きました。
アルルの男・ヒロシさんから指摘があったので、AIGのホームページを確認したところ、これを裏付けるようにこう書かれています。
▼引用開始
日本におけるAIGの歴史
http://www.aig.co.jp/aig/reki.htm
上海で産声をあげた創業者C.V.スターのビジネスが日本に上陸したのは1946年。この年、連合軍総司令部より要請を受けて日本駐留米軍の資産の保険を開始したのが、スターの損害保険会社の1つAmerican International Underwriters Corporation(AIUC)でした。
これが日本のAIU保険会社の歴史の始まりです。AIUは1950年には日本人向けの営業も開始し、その後、着実に日本のマーケットに根を下ろしました。現在では、外資系の損害保険会社としては日本最大であるとともに、米国を本拠とするAIU全体にとっても、日本は米国外単一市場としては最大の市場となっています。
▲引用終了
それでは、ダグラス・マッカーサーの甥で、駐日米国大使を務めたことがあるダグラス・マッカーサー2世とAIGの関係を明らかにします。
マッカーサー2世は、少なくとも1994年から1996年まで、AIGの名誉取締役(Honorary Directors)に就任していました。この事実はこの記事の画像で証明。
このマッカーサー2世は駐日大使として、現在の日米安全保障条約の条約草案を起草し、当時の岸総理大臣との間で改定交渉を行った人物。1960年の改定時には米側の署名者にもなりました。
この改定時には日米間で交わされた2つの密約文書が存在。
ひとつが朝鮮半島有事に、米軍は事前協議を経ず在日米軍基地を使用できるとした「第1回日米安全保障協議議事録」。
もうひとつは、事前協議制度に関する秘密了解を収めた「討論記録」。これにより核搭載艦の寄港は事前協議の対象外とされました。
2つの文書には当時の藤山愛一郎外相とマッカーサー2世が署名しています。
1957年の米軍立川基地(当時)の拡張に反対する住民らが基地内に侵入した砂川事件にも登場します。
この事件で基地の存在を違憲とし無罪とした1審判決を破棄し、合憲判断を出した最高裁大法廷判決(1959年)を前に、田中耕太郎最高裁長官とマッカーサー2世とが密談していたことを示す文書が、今年4月に米国立公文書館で見つかっています。
なんといっても注目すべきはマッカーサー2世と米中央情報局(CIA)の関係。
1994年10月9日、米ニューヨーク・タイムズ紙は一面で、CIAが1950―60年代に、自民党を中心として数百万ドルの資金をひそかに供与する広範囲な対日秘密工作を行っていたという衝撃的な内容を報じます。
この記事の内容を当時の日本メディアの報道から簡単に要約しますね。
(1)58年の総選挙で、佐藤栄作元首相(当時大蔵大臣)が駐日米国大使に秘密選挙資金を要請、ワシントンの国家安全保障担当首脳が討議の結果、供与を承諾した。
(2)秘密資金供与は冷戦下、左翼勢力を弱体化させ自民党を支えるためで、ケネディ政権の60年代初めには自民党とその有望な政治家への秘密献金は日常化し、対日外交の重要な部分だった。
(3)CIAは日本社会党、学生、労働運動に潜入、秘密資金供与をやめた70年代以降は自民党内閣、あらゆる省庁に協力者を得て、牛肉、オレンジの市場開放など激化し始めた貿易摩擦の交渉での日本側の出方を事前に承知していた。
(4)この秘密工作資金の一部には、CIAの前身のOSS(米戦略局)が児玉誉士夫氏ら戦犯グループと組み旧日本軍の退蔵したタングステンを密輸して米国防総省に売却した利益が充てられた。
ニューヨーク・タイムズ紙は58年当時、佐藤栄作が総選挙資金の支援を要請したことを示すために、マッカーサー2世が国務省に報告した公文書のコピーを掲載して報道します。
マッカーサー2世はニューヨーク・タイムズ紙とのインタビューにも応じている。この記事の証言者として登場しているのです。
この報道の後、毎日新聞もマッカーサー二世とインタビューを行いますが、その会見要旨内容は次の通り。
▼引用開始
――佐藤栄作氏から資金要請があったころの日米関係は。
マッカーサー氏 当時は日米安保条約改定交渉が始まり、冷戦が激しさを増しつつあった時期だった。ソ連は日本を中立化させることを目的に社会党を利用し、日本の政治情勢を不安定化させ安保改定を受け入れない空気を醸成するため動いていた。日本を取り巻く脅威は実に深刻だった。
――佐藤氏との接触についてどう記憶しているか。
マッカーサー氏 私が知っている限り佐藤氏が資金要請で接触してきたのは二回あったが、具体的なことは覚えていない。何かアプローチがあれば本国に打電するのはどこの大使館でもやっていることだ。私が本国に資金援助実施を強力に推薦したこともない。秘密資金供与についての決定は中央情報局(CIA)が行ったことだ。
――佐藤氏の動機は何だったと考えるか。
マッカーサー氏 ソ連に支援された社会党に対抗したい考えだったのではないか。当時、欧米も日本もソ連の共産主義が拡張するのを防ぎ、自由主義を浸透させるため懸命だった。
――発足直後の自民党の組織化支援という意味は。
マッカーサー氏 そういうこともあったかもしれない。私が赴任した1957年には自民党は結成されていたが、欧米的ないかなる意味においても政党とはとても呼べず、ボスが死ねば代替わりを繰り返す派閥の集まりにすぎなかった。
▲引用終了
当時の自民党幹事長だった森喜朗は、この報道に対して「事実でない」と繰り返しましたが、2006年7月18日に刊行された米国務省外交史料によって、これが事実であったことが明らかになった。
結局、自民党政権のスポンサーは米政府であり、CIAであったということ。
戦前から軍、それにOSSやCIAといった諜報機関と連携していたのがAIG。
その日本進出に関わっていたのがダグラス・マッカーサー本人。
その甥のダグラス・マッカーサー2世はAIGの役員を務めていた。
マッカーサー2世は、CIAが秘密資金供与の決定を行ったと逃げていますが、どう考えても佐藤からの要請を受けたマッカーサー2世が、その内容をCIAに繋げたとしか思えない。
そうなると、CIAの自民党への資金提供にはAIGも関わっていた可能性が浮上します。
AIGと自民党との関係が気になりますね。
AIGが売却を決めた日本の生命保険3社の買収劇でも、自民党周辺の誰かが動いているのでしょう。
おそらく買収劇の結果になって表れてくると思います。
どなたかこのあたりの情報、持っていませんか?
<参考記事>
Wの衝撃
http://www.yorozubp.com/0511/051113.htm
朝鮮有事密約 佐藤首相、破棄求める 「関係揺らぐ」 発覚恐れ、米と交渉
2007/10/28, 中日新聞朝刊
砂川裁判:米大使、最高裁長官と密談 1959年、1審「日米安保違憲」破棄判決前に
2008/04/30, , 毎日新聞 朝刊
C.I.A. Spent Millions to Support Japanese Right in 50's and 60's
http://query.nytimes.com/gst/fullpage.html?res=9C0DE2DA113DF93AA35753C1A962958260&sec=&spon=&pagewanted=1
http://query.nytimes.com/gst/fullpage.html?res=9C0DE2DA113DF93AA35753C1A962958260&sec=&spon=&pagewanted=print
冷戦下の50-60年代 CIAが自民党等に数百万ドルの秘密資金を提供/米紙
1994/10/10, 東京読売新聞朝刊
「佐藤栄作氏からの接触2回」 マッカーサー元大使認める--自民党へのCIA資金
1994/10/12, 毎日新聞朝刊
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