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<今こそ必読全文紹介>FACTA 2010年2月号:手嶋龍一「二元外交」の餌を撒く北朝鮮2010/05/25 08:54

<今こそ必読全文紹介>FACTA 2010年2月号:手嶋龍一「二元外交」の餌を撒く北朝鮮 


<関連記事引用>

「二元外交」の餌を撒く北朝鮮
FACTA2010年2月号 [手嶋龍一式INTELLIGENCE 第46回]
by 手嶋龍一(外交ジャーナリスト)
http://www.facta.co.jp/

新しい年にいかなる出来事が起きるのかを精緻に見通したい――。経済アナリストならずとも、誰もがそう願っていることだろう。もし6カ月先に生起する事態を正確に予測できるなら、現下の不況など何ほども恐れることはない。競争相手に先駆けて、適確な手を打てるからだ。

インテリジェンスとは近未来を言い当てるわざなのだが、情報のプロほど将来をぴたりと予測する難しさを知り抜いている。「世界に冠たる」と形容されるアメリカの情報機関も、忍び寄る危機を事前に警告できた例などほとんどない。なぜ予知に躓(つまず)いたかを検証した報告書はトラックに積みきれぬほどある。真珠湾奇襲から、スエズ動乱、イラク軍のクウェート侵攻、さらには9.11事件にいたるまで、錯誤の葬列が延々と続いている。

その一方で迫りくる危機をずばりと警告し、悲劇を未然に防いだケースはごくわずかしかない。最近では2006年8月のイギリスのヒースロー国際空港で企てられた旅客機爆破テロを未然に防いだのがそれだった。だが、イギリスの捜査・情報当局も前年には地下鉄爆破テロで50人を超える犠牲者を出している。

筆者は近く新潮社から上梓する『ウルトラ・ダラー』姉妹編で、近未来に分け入るインテリジェンス・オフィサーたちの群像を描いた。未来の出来事を予測するのは、彗星を発見するほどに難しい。新著の筆を擱(お)くにあたって、そんな感慨を新たにしている。

それゆえ未来の予測を生業(なりわい)にする人々は、後知恵という毒饅頭につい手を出してしまう。過去の出来事をあたかも事前に言い当てていたように装い、自らの先見性をフレームアップする。高配当の馬券を的中させたと吹聴する馬券師。大地震を預言したと信者を惑わす教祖。石油危機の到来を言い当てたと自慢する株式アナリスト――。いかがわしい予想屋が身辺に溢れている。高名な未来学者とて、近未来という名の水晶玉を覗こうとする者につきまとう胡散臭さと無縁ではない。

CIA(米中央情報局)をはじめとする情報機関も、膨大な国家の予算を使いながら、前もって緊急事態を警告できたことなどほとんどない。未来を予測することの難しさに音をあげたのだろう。近年ではシナリオ分析に主眼を移すようになった。将来に起こりうる事態をピンポイントで描くのではなく、いくつかのシナリオを用意し、国家の危機に備えようというのだ。これなら複数の馬券に賭けるように的中率はぐんと高まるからだ。

北朝鮮は日本の民主党政権にいかに臨もうとしているのか。だが、そんな北の独裁国家の意図を探る有力なヒューミント(人的な情報)を日本は持っていない。そうした場合には、シナリオ分析の手法は有効だ。北朝鮮が日本の政治システムをどう捉えているかを考察すれば、金正日政権の次の一手を読むシナリオ分析の精度は一段と高くなる。

北朝鮮は日本という国の政治意思がながく官僚によって決められてきた実態を交渉の経験から知っている。それゆえ官僚独裁制の隙を衝いて日朝の国交を樹立し、巨額の経済援助を引き出したいと動いてきた。現状維持勢力たる官僚機構をつき動かすには、政権党の実力者をテコとして利用することが欠かせない――。北朝鮮外交が辿りついた結論であった。

1990年には、自民党副総裁だった金丸信をピョンヤンに誘い込み、当時の社会党をも巻き込んで、超党派のシンパを創りあげたのだった。その果てに、金丸訪朝団から、日本の統治下だけでなく、戦後の償いの約束までも取り付けたのだった。この時、北朝鮮側が使った撒き餌が、拿捕され抑留されていた第18富士丸の紅粉勇船長の釈放だった。

金丸訪朝は、その後も続く北朝鮮外交の型となった。歴史は必ずしも繰り返さないのだが、硬直的な独裁体制にあっては、過去の成功物語から容易に抜け出せないのだろう。そんな北朝鮮にとっては、日本に誕生した民主党政権は、またとない交渉相手と映っているはずだ。政治主導を掲げるこの政権は、外交当局から主導権を奪おうとして前のめりになっている。その実、外交の経験に乏しい。さらに旧社会党系の親北朝鮮人脈が政権内に多い。そしてなにより政権党の側に際立った実力者、小沢一郎がいる。ここまで条件が整えば、北朝鮮側が民主党の取り込みを仕掛けてくるはずだ――。こうしたシナリオ分析は、必ずしも具体的な情報に基づいてなされたものではない。だが、果たして年明け早々に日本のメディアは、日朝間の水面下の接触を相次いで報じたのだった。

鳩山政権の発足前後から、民主党は複数の密使を送って北朝鮮側と交渉させていたことが明らかになった。民主党の当局者も接触の事実を認めている。両者が会った舞台は北京の北朝鮮大使館だという。対等な外交折衝では、相手国の大使館を使うことなどありえないのだが、毎月のように相手の懐で密談が重ねられている模様だ。

なかでも眼を引くのは、密使が小沢幹事長に近い人物とされる点だ。仲介者を挟んで、北朝鮮の高官と日朝間の懸案を話し合っているという。一連の会談を通じて、民主党側は、拉致被害者のなかに生存者がいるかどうかを執拗に問いただしている。これに対して、北朝鮮側は「健康を害した人がいる」という表現で、拉致被害者のなかに生存者がいることを暗に匂わせているらしい。生存者情報を誘い水に民主党の実力者、小沢一郎の訪朝を持ちかけているのだろう。小沢は90年の紅粉船長の身柄引き渡しの際に登場したキーパーソンであることは言うまでもないだろう。

こうした北の交渉術は、外交の教科書に記述されるような「二元外交」の典型である。だが、外交は職業外交官の専権事項だなどと言っているのではない。こうした「二元外交」に誘い込まれてしまえば、相手に巧みに操られ、結果的に国益を損なってしまうと指摘しているにすぎない。ピョンヤンは、6カ国協議を通じた正規の交渉ルートと民主党ルートを巧みに操ることで、もっとも有利な条件を引き出そうとしているのだ。かつて北朝鮮は極秘チャネルを通じて小泉訪朝を実現し、核ミサイルの廃棄をないがしろにしたまま、国交の樹立と総額1兆円にのぼる経済援助を取り付けようとした。

北朝鮮には、外交に不慣れな民主党政権が、日米関係を損なっているいまこそ、絶好の仕掛け時と映っているのだろう。日米同盟が機能不全に陥りかけているこのタイミングなら、ピョンヤンへの風圧はさほどでもないと読んでいるのだ。

日米同盟の基盤を危うくしながら、北朝鮮との秘密外交に足を取られていく――。それは日本にとっては最悪のシナリオなのだが、残念ながら、いまは想定から取り下げるわけにはいかない。