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必読:ソブリンリスクと財政再建(下)政策研究大学院大学助教授安田洋祐氏(経済教室)2010/03/04 19:29



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ソブリンリスクと財政再建(下)政策研究大学院大学助教授安田洋祐氏(経済教室)
2010/03/04日本経済新聞朝刊

破綻の条件 新理論で解明 他人の「予想」が左右 研究深め、政策へ応用急げ

ポイント

・ソブリンリスク、新しいゲーム理論で分析

・投資家の情報の取得、現実的な状況を想定

・不安あおらず、地道に財政健全化進めよ

 昨年、民主党が初めて編成した2010年度の政府予算は、一般会計の歳出総額が92兆円を超える一方、税収見込みは新規国債発行額44兆円を下回る37兆円にとどまった。ストック面を見ても、国家財政の逼迫(ひっぱく)が指摘されている。国と地方を合わせた長期債務残高は10年度末には862兆円程度と国内総生産(GDP)比180%を突破する見込みで、経済協力開発機構(OECD)諸国中、群を抜いて高い。

 これを機に最近、日本でもソブリンリスクに対する懸念が高まっている。ソブリンリスクとは、本来は「国が対外的に支払い不能となるリスク」のことだが、国債の9割以上を国内投資家が保有している日本の場合、国債価格暴落に伴う財政破綻のリスクが議論されている。1月には米大手格付け会社のスタンダード・アンド・プアーズが、日本国債の格付け見通しを「引き下げ方向」に修正した。

 ただし、こうした現在や過去のデータから、日本の財政が危機的状況であると判断するのは早計かもしれない。一般に国家財政の維持が可能かどうかは、現在の財政赤字額や過去の国債累積残高だけでなく、今後の財政規律や投資家行動といった「将来」の出来事にも大きく依存するからだ。将来を予測する分析ツールとして高い有用性を秘めているのが、「グローバルゲーム(の理論)」と呼ばれる革新的な考え方である。以下でこの理論を紹介し、ソブリンリスク問題に具体的にどのように応用できるか考えたい。

 グローバルゲームは、1990年代にゲーム理論の中から生まれた新しい理論だ。ゲーム理論は、参加者同士の行動がお互いに影響を与え合っているような複雑な状況(戦略的状況)を数理的に分析するツールとして、経済学をはじめ、政治学、社会学、計算機科学から生物学に至るまで、幅広く応用されている。

 ソブリンリスク問題を考える上でも、資金の借り手である政府と貸し手の投資家の関係や、投資家同士の関係は戦略的状況にあるととらえられるため、ゲーム理論を使った分析が過去、進んできた。例えば前者については、財政が破綻した後に投資家と再交渉できることが、逆に政府に債務不履行(デフォルト)をより引き起こそうとする誘惑をもたらすというモラルハザード問題が指摘されている。

 また後者については、たとえ経済のファンダメンタルズが健全であっても、多くの投資家がデフォルトを予想して資金を一斉に引き揚げると、デフォルトが自己実現してしまう可能性などがいわれている。これらは、参加者同士の戦略的状況を考えるゲーム理論によってはじめて明らかにされた貴重な成果といえる。

 ところが、こうしたゲーム理論によるソブリンリスク分析には、深刻な問題がひとつあった。理論的な結果予測が複数存在し得るため、どの結果が一番もっともらしいか事前に予測することができないという「複数均衡」の問題である。後述するように、グローバルゲームは、通常のゲーム理論分析の前提をより現実的なものへ変えることで、複数均衡の問題を解決し理論予測の精度を高めることに貢献した。その意義を理解するためにも、投資家の戦略的な行動に焦点をあて、彼らが引き起こす複数均衡問題を、以下で少し具体的に見ていこう。

 いま、政府が今期必要な財政赤字分を補うために新規の国債発行による収入を充てている状況を考える。国債の潜在的な買い手としては投資家が2人いる。1人では購入額が不十分なためデフォルトが発生するが、2人とも購入すればデフォルトを防ぐことができ、国債購入のリターンが期待できるとしよう。

 投資家が2人という極端な設定は、新規国債に十分な数の買い手が付かない時に政府がデフォルトの危機に直面する、という現実的な状況を単純化したものだ。投資家の数を増やして分析を行っても、本質的な結果はほとんど変わらないことが知られている。

 この状況で、各投資家の最適な行動は、もう一人の投資家行動に依存することが分かる。相手が国債を購入するなら、自分にとっても国債投資のリターンが得られる購入が最適である。一方、相手が購入しないなら、デフォルトによる損失を避けるため、自分も購入しない方がよい。結果として、2人とも国債を購入してデフォルトが起きない「良い均衡」と、誰も国債を購入せずにデフォルトが実現する「悪い均衡」の2つが理論的に予測できることになる。

 このように、参加者がお互いに最適な行動を取り合っている状態、いいかえれば、すべての参加者にとり自分一人だけが行動を変えても得できない状態のことを、ゲーム理論ではナッシュ均衡と呼ぶ。

 ソブリンリスクのゲーム理論分析で自然に生じるこの複数均衡は、通貨危機や銀行取り付けなど、通常時と危機発生時との間で大きなレジーム転換を伴うようなマクロ経済現象の分析でも発生することが知られている。ナッシュ均衡が複数ある場合は、どちらの均衡がもっともらしい結果であるかを先験的には決定することができず、将来が予測できない。複数均衡問題は、研究者や政策担当者の頭を悩ませる深刻な問題なのだ。では、グローバルゲームは、どのようにしてこの複数均衡問題を解決したのだろうか。

 通常のゲーム理論分析では、参加者は自分たちの置かれた状況をお互いに知り尽くしていることが仮定される。他方、グローバルゲームでは、各参加者は自分の置かれた状況を完全には知らない。そのかわり、各人が私的に観察したシグナルを基に、他の参加者が受け取るシグナルをお互い予想しながら行動を決定する、という状況を想定する。

 先のソブリンリスク分析に当てはめると、国債投資のリターンが(誰も正確には知らない)経済のファンダメンタルズによって左右され、そのファンダメンタルズの値に関して個々の投資家が独立に情報を得るという現実的な状況を想定して分析するわけだ。

 ここで、各投資家が相手の行動を正確に予想するためには、ファンダメンタルズを予想するだけでなく、他の参加者がファンダメンタルズをどのように予想しているか、という他人の予想について次々と深読みして考えていかなければいけない。詳細は省くが、この一見すると非常に複雑な状況で、(私的な)情報の精度が十分高い場合には、ナッシュ均衡が1つになることが知られている。具体的には、ファンダメンタルズがある値よりも健全な場合には、デフォルトの起こらない「良い均衡」だけが、逆の場合には「悪い均衡」だけがそれぞれ実現するのである。

 グローバルゲームを用いることで、ファンダメンタルズがどんな水準の時に財政破綻が起こるか、既存のアプローチより高い精度で予測を行うことができる。実際、国債の発行や償還をなだらかにして財政赤字が平準化すると、破綻リスクが減ることが確認された。また政府の公開情報と比べて投資家が取得する私的情報の精度が低い場合、複数均衡が生じて悪い均衡(デフォルト)が起こる恐れがあることが明らかになった。

 今後研究が進めば、投資家のサイズの違いや、ファンダメンタルズに関する公的な情報公開、国債の償還期間の設定、金融政策のシフトといった環境や政策の変化が、ソブリンリスクへどう影響するかについても、より精緻(せいち)な分析が可能となろう。

 これらの学術研究は、わが国でも日銀の服部正純氏などが行っているが、研究成果の政策への反映は国際的にもまだ十分に進展しているとはいいがたい。いたずらに財政破綻の不安をあおらないためにも、地道な財政再建を進めるだけでなく、グローバルゲームを応用したソブリンリスク研究を一段と深め、その成果を現実の政策に応用することが期待される。

 やすだ・ようすけ 80年生まれ。東大経卒、プリンストン大博士。専門はゲーム理論

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