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ダンカイ星人の精神論を大いに笑い飛ばす2010/01/07 08:49

2010/01/06日本経済新聞朝刊:日本の活路2010危機の先へ(3)防衛大学校長五百旗頭真氏(経済教室)


とかく日本じゃリアリストは嫌われ者。
左からも右からも睨まれる。

防衛大学校長の五百旗頭真もその一人。
1月6日付日本経済新聞の「経済教室」ではこんなことを書いている。

「国内には、リベラルな市民感覚としての非米、ナショナリスティックな国民感情としての嫌米がないわけではない」と。

続けて、「そうした中で鳩山内閣は従来と異なる路線を探し求めるのが、新政権の責務であると感じているのではないか」と疑問を投げかけている。

そして、外交や安全保障は「国内的な願望だけで動かせるほど軽くはない」としながら、「日米関係に思いがけないダメージを与えないよう願わずにはいられない」と書いている。

リベラルな市民感覚としての非米。
非米を非欧米、非白人、非キリスト教にまで拡大させて考えている人がいる。

ナショナリスティックな国民感情としての嫌米。
こちらも嫌米を嫌欧米、嫌白人、嫌キリスト教にまで拡大させて考えている人がいる。

非米も嫌米も米国衰退を勝手に信じ込んでいる。
「だからこそ中国なのだ。東アジアなのだ。日中が担う東アジア共同体なのだ」と唱える。
国内的な願望に支えられてリベラルな鳩山内閣は異なる路線を打ち出している。

願望論や感情論や精神論が渦巻くこの日本。特にダンカイ星人は精神論がお好き。
外交や安全保障にまで友愛などという精神論を持ち出す愚かな人が今や首相。

これではあの時と何も変わらない。
あの敗戦を受けて磨くべきは戦略的思考だった。

日本が経済大国に成りえたのは米国の戦略的思考に支えられていたから。
それを冷静に見抜くことすらできなかった。
そのために「失われた10年」を何度も繰り返そうとしている。

日本や中国の曖昧な精神論で世界を動かせるとでも思っているのか。
今から頑張ればバチカンに勝てるとでも思っているのか。

そもそも精神論で国は守れない。精神論でこれから先の成長戦略は描けない。
精神論で石油は手に入らないのだ。

歴史の教訓を学んでいない精神論依存のダンカイ星人。
今ここで大いに笑い飛ばしたい。


<関連記事引用(画像も引用)>

日本の活路2010危機の先へ(3)防衛大学校長五百旗頭真氏(経済教室)
2010/01/06日本経済新聞朝刊

日米同盟こそ外交の礎 安保で「革命」は不可能 構築には時間、崩落は一瞬

ポイント

・ソフトパワーだけで安全確保は不可能

・日米同盟と日中協商を日本外交の両輪に

・不用意に同盟を扱えば、安全保障は危機に

 昨年9月の政権交代は、主に内政上の理由からなされた。自民党政権下の積年の弊害を一掃すると民主党は訴え、大きな国民的支持を得て、鳩山由紀夫政権が誕生した。

 外交・安全保障は主戦場ではなかった。民主党のマニフェスト(政権公約)では、簡潔かつ抽象的に、「緊密にして対等な日米同盟」を掲げつつ、基地のあり方などを見直す意向を記していた。それが意味するところは鮮明ではないが、その後の首相や連立を組む閣僚らの言動を通じ、もしかすると新政権は「外交革命」や「安全保障革命」を追求しているのかもしれないという可能性が浮上してきた。本稿ではそれがどんな意味を持ちうるか考察したい。

 まず従来の政策を確認しよう。戦後日本の安全保障にとって、ソ連という冷戦下の一方の超大国が日本の背後で脅威として存在したことが重要であった。敗戦国日本には自前で国防を全うする兵力を備えようもなく、対ソ抑止力を米国に依存した。その下で日本は非核・専守防衛の限られた自衛力を徐々に整備した。

 他の西側諸国では、英仏両国は北大西洋条約機構(NATO)の一員として米国の抑止力を援用しつつも、自らも核を保有し、自律性を失うまいとした。西ドイツはNATOや西欧の一員である点を重視しつつ、東方外交で共産圏との緊張緩和を図り、自らの国際環境の改善を追求した。

 一方、戦後日本は周囲に同質的な仲間がなく、本格的な自前の軍事力構築には内外の抵抗が強かった。その結果、安全保障の多くを米国に頼ることになった。「いざという時、米国は本当に日本を守ってくれるのか」という命題は常に存在した。が、日米首脳が緊密に会談して約束を繰り返すだけでなく、米軍主要部隊の日本常駐をホストしてきた。紙切れ一枚の同盟条約と異なり、この状況下で日本を攻撃しようとする国は、米国との戦争も覚悟しなければならない。

 鳩山内閣は普天間基地の移設先として、日米合意の枠にとらわれず、県外、国外をも模索している。これは、沖縄県民の負担への配慮だけでなく、米軍駐留による抑止力確保という戦後日本の安全保障政策の伝統からの離脱を含意しているのだろうか。政治家の中にも、軍事力がなくても、軍備以外の方法で安全を守ることができるのではないかとの思いを持っている向きもあるかもしれない。

 「安全保障革命」の理論はまだ聞かれないが、もし従来の日米同盟基軸の安全保障政策の転換を図るとすれば3つの観点があり得る。

 第一は、今日はグローバル化の進む相互依存の時代であり、平和的な交易で必要なものは入手できる。軍事力による安全保障といった前世紀の発想を再考・卒業すべきである、との立場である。

 第二は、敗戦から半世紀以上経てもまだ米軍に守られるのは恥ずべきである。現首相の祖父の鳩山一郎首相が説いたように、改憲再軍備を行ったうえ、米軍の撤退を求め対等の日米同盟とすべきである、という主張である。

 第三に、米国の一極支配は終わり、中国が力強く伸長している。貿易経済面に続き政治安保面でも、中国の存在がより重要となる。それに備え、米国基軸一辺倒の修正を進めるべきだ、との説がある。

 第一の議論は、長期的な国際政治の変容をとらえているのが魅力である。確かにパワーポリティックス万能の時代ではない。核兵器の登場は戦争発動の敷居を高くした。国連憲章は、侵略戦争を非としている。およそ今日のまともな国は領土や資源が欲しいからといって戦争を仕掛けたりしない。経済技術力を高め、政府開発援助(ODA)や国連平和維持活動(PKO)に尽力し、文化広報外交に力を入れ、地球環境や疫病など人類共通の課題への対処をリードし、世界に尊敬されるソフトパワーとなる努力を、日本はもっと行うべきである。

 だがどんなに立派なソフトパワーとなっても、様々な脅威から自らを守る術を持たなければ危うい。今日、まともな国は戦争をもてあそばないが、残念ながらそうでない国もある。冷戦終結後、サダム・フセインのイラクはクウェートを侵略した。日本の周辺にも核とミサイルで日本を覆ったと誇示する国がある。現代の世界では多元的・重層的な対処が必要で、相互依存の趨勢(すうせい)の中でも安全保障措置を怠るべきではない。

 第二の自主軍備論はリアリストの論理的な議論である。1955年、鳩山一郎内閣の重光葵外相はダレス米国務長官に米軍の撤退と日米安保の対等化を提案したが、一蹴(いっしゅう)された。今日、国内総生産(GDP)比でみた軍事費では、英仏独各国が3%余り、米国は4%を超える。一方専守防衛にとどめ、高価な攻撃兵器を持たず、米国に委ねている日本は、1%以内にとどまっている。軍事的な「対等」化は、日本が軍事予算を数倍にしても届かない。近隣国からの脅威に対し、日本は自前で軍拡を行う覚悟があるだろうか。日米同盟の信頼性こそが最高の資産であり、日本は軍備を補完的に強化すべきである。

 第三の国際的なパワーバランスの変動については、米国はイラク戦争やサブプライムローンのような“やりすぎ”で傷ついた。が、自由と多様性の中で復元力に富むのが米国の特徴である。オバマ米大統領の下で苦労しつつ再建が進むだろう。軍事面で米国は突出しており、何十年も他国の追随を許さないと思われる。

 一方中国は、最近GDPで日本と並んだが、米国経済は両国の約3倍規模である。中国はたくましい政治力を持つが、世界に信頼されるリーダーとなるには、国内の民主化を含め課題はまだ多い。わが国の外交は、米国との同盟と中国との個別利益で合意する協商を両輪とし、日米中で定期的な首脳会談を持つことが望まれる。

 このように3論には、それぞれ一定の理由はあるが、大局的には短見であり、結論的には大きな疑問を抱かざるをえない。鳩山内閣は、いずれかの議論に依拠しているわけではあるまい。ただ国内には、リベラルな市民感覚としての非米、ナショナリスティックな国民感情としての嫌米がないわけではない。そうした中で鳩山内閣は従来と異なる路線を探し求めるのが、新政権の責務であると感じているのではないか。

 国内政治とは違って、外交・安全保障を簡単に一新できるものではない。外交には相手があり、国際的な了解がある。それを尊重する信頼感の上に友好関係や同盟関係は成り立っている。国内的な願望だけで動かせるほど軽くはないのであり、日米関係に思いがけないダメージを与えないよう願わずにはいられない。

 戦後の指導者たちは日米関係の維持運営に格別の注意を払ってきた。経済摩擦がどんなに燃え盛っても、安全保障関係を傷つけず、日米関係もようやく成熟の段階に達したと感じる面もある。クリントンからブッシュ、さらにオバマへと進む米国の政権交代に際し、リチャード・アーミテージ氏やジョセフ・ナイ教授ら知日派の識者が超党派の共同研究を組織し、政権がどちらに転んでも日米関係を重視し健全に運営する報告書をまとめ、それを米国の新政権が採用する事例が続いた。

 築き上げるには気の遠くなるような時間と努力が必要だが、崩落させるには一瞬で足りる。不用意に日米同盟を扱うことで日本の外交安全保障を危機に追いやることは避けたい。鳩山内閣は、愛国心と責任感を持って日米同盟の重要性を再確認して一段の進化を図ることが望まれる。

 いおきべ・まこと 43年生まれ。京都大卒、法学博士。専門は日本政治外交史