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今西錦司の棲み分け理論を語る 鶴見和子&長谷川三千子2009/08/16 01:00

今西錦司


今西の棲み分け理論に言及したのにまったく無反応。
大丈夫かよ、日本人。

これはいかんということで鶴見和子さん(2006年没)と長谷川三千子さんに登場していただきます。


<関連記事>

鶯の死――社会学者鶴見和子氏(文化)
2003/04/20日本経済新聞朝刊

 声はきけど姿見ざりし鶯は眼(まなこ)を閉じて我が前にあり

 パンジーの花陰にして鶯は眼を閉ざし天を仰げり

 小さきものの生命の終りひそやかに崇高(けだか)さたたえ人知れずあり

 去年の七月のある日、わたしは杖をついて介護つきで老人施設の玄関を出たとき、玄関の前のパンジーの植えこみの土の上に、鶯がしずかに仰向けになっているのを見つけた。その胸の羽毛は金色にかがやいて、美しかった。わたしは立ちどまって、じっと見つめて、そして考えた。

▽ ▽ ▽

 宇治の小高い山の上にあるこの施設の七階に、脳出血の後遺症で左片麻痺の重度身体障害者となったわたしは今、暮している。

 山の上の森では、去年三月二日に鶯の初音をきいた、と日記に記している。

 幼鶯はさいしょは、ホーホーホー、ケキョ、ケキョ、ケキョ、とまるで赤ん坊の片言のように、たどたどしく鳴いているのだが、日を重ねるにつれて、だんだんホーホケキョと、本格的な鳴き声になる。そして、もっと日が経つと、こんどは、自前の節まわしで、美しい声で歌うようになる。稽古をつみ重ねて、やがておのがじしに作曲した歌をうたうようになる道すじを、わたしは毎日愉しんでいた。そして、声だけではなく、その姿を一目見たいものだと念じていた。ところがその念願が叶ったのは、その鶯が天上界にかえってしまったあとだったのである。

 柳田國男は、人間にとって、最高のハレは死であるといった。わたしは今、最後の刻(とき)がいつきてもおかしくない状態にあって、どのようにその刻をよく迎えることができるかを考えつづけている。そのためには時々刻々を精一杯よく生きるほかはないと思っている。

 鶯はまことによいお手本をわたしに啓示してくれた。鶯はその仲間やわたしたち人間を殺したり、傷つけたりしたことはないだろう。鶯は、力の限り歌をうたって、人間をたのしませてくれた。そして宇宙に還ってゆくときは、盛大な葬式をして、人をわずらわせることなどせず、ひそやかに大自然の中に還ってゆく。その姿の崇高さに、わたしは感動した。そして自分自身をふりかえった。わたしは人を殺したことはないが、傷つけたことは、ある。自分で気がつかないで人を傷つけたこともしばしばあったに違いない。傷つけないまでも迷惑をかけたり、世話になりっぱなしで報いることがなかったことはたくさんある。現在重度身体障害者として生きていること自体が、人の世話になり心配をかけっぱなしにしているのだ。それならばそれなりに精一杯の努力をして、想いのたけを述べつくして、ああよく生きた、と思って死にたい。

▽ ▽ ▽

 人を殺し、地球を壊す最大の罪はいくさである。ところが、わたしはデモにゆくこともできないし、いくさをとめるための行動はなにひとつできない。ただできることは、鶯のように歌によって志をうたうことだけである。

 そして死ぬときに、人に迷惑をかけないように、葬式などせずに、ひそやかに大自然の中に塵泥(ちりひじ)となってかえりたい。

 今西錦司は、生類は一つのものからさまざまな種の生物に進化してきた、もとは一つのものなのだから、人間は、その他のあらゆる生物から学ぶことができる、といった。わたしたち人間は、花からも、木からも、鳥からも、虫からでさえも学ぶことができる。今西は草かげろうから棲み分けの理論を学び、南方熊楠は粘菌から、「南方まんだら」の論理を思いついた。棲み分けの理論は、同種の個体数が特定の地域で養いきれないほど増えた場合は、他の地域に棲み分けることによって、あらそいを防ぐ知恵である。まんだらの論理は、異るものが異るままに、共に生きる論理である。現在地球を支配しているのは、単一の価値しかみとめず、世界を「敵」と「味方」に分けて、自分の気に入らないものは暴力によって排除するという理論である。これに対して、今西や南方が、草かげろうや、粘菌の生態から学んだ論理は、戦争を正当化する論理を超える可能性を示している。

▽ ▽ ▽

 9・11のテロの後、アフガン戦争が始ったとき、わたしはつぎのような歌を詠んだ。

 暴力に暴力をもて報いるほか知恵なきものか われら人類

 しかし、人類は、暴力に対して暴力をもって報いるのではない知恵を、他のさまざまな生きものから学ぶことができるのではないか。

 今年はまだ一度も鶯の鳴く音(ね)をきいていないのに、すでに燕の巣づくりが始っている。鶯の季節はとっくに過ぎて、燕の季節に入っている。地球こわしと人殺しのすさまじさにおどろいて、鶯はもう帰ってきてくれないのだろうか。鶯の声をきくためにも地上に平和がもどってきてほしいと願わずにはいられない。

 想いのたけ歌いつくして我死なむ鶯の終りしずかなるごと

 つるみ・かずこ 社会学者。上智大名誉教授。1918年東京生まれ。津田英学塾卒。95年に脳卒中で倒れて後、歌集「回生」を出版。著作集に「鶴見和子曼荼羅」(9巻)。


【正論】埼玉大学教授・長谷川三千子 ホントは怖い「多文化共生」
2009/01/12産経新聞東京朝刊

 ≪意味不明な内閣府の提言≫

 ちかごろ「共生」という言葉をよく目にします。内閣府では、平成16年に「共生社会政策担当」という部署ができて「共生社会」の実現を推進中ですし、総務省では平成18年に「多文化共生推進プログラム」の提言がなされて、目下、各地方自治体に多文化共生推進の大号令が下っている-どうやら「共生」はこれから流行(はや)りのスローガンになりそうな勢いです。

 しかしそれにしては、この「共生」という言葉、いまひとつ意味がはっきりとしません。ただ単に「共に生きる」というだけの意味だとすると、われわれ人間は大昔から集団を作って共に生きる生物として暮らしてきたのですから、いまさら共生社会の実現を叫ぶというのも妙な話です。たしかに戦後の日本ではやたらと「個人」の尊重ばかりが強調されてきて、日本文化の特色をなしてきた人と人との間柄の尊重ということが崩れてしまった。これをなんとか建て直そう、というのなら話は分かります。しかし内閣府のホームページを見ると、そういうことでもないらしい。「国民一人ひとりが豊かな人間性を育み」「年齢や障害の有無等にかかわりなく安全に安心して暮らせる」のが共生社会なのだという。いささか意味不明です。

 ≪日本文化は単なる一文化?≫

 これに対して、総務省の「多文化共生推進プログラム」の方は、きわめて狙いが明確です。要するにこれは、近年の外国人定住者の増加という現象にともなって出てきた話だというのです。このプログラム提言の立役者、山脇啓造先生は、多文化共生の発想は、外国人をいかにもてなすかという従来の「国際交流」とは違うのだと言って、こう説明しています-「今求められているのは、外国人を住民と認める視点であり」「同じ地域の構成員として社会参加を促す仕組みづくりである」。

 なるほど、これまで日本人は外国人のすることはみな「お客様」のすることとして大目に見てきたけれど、「住民」だとなればキッチリ地域のルールを守ってもらいましょう。日本語もしっかり覚えてもらって、「ニホンゴワカリマセーン」の逃げ得を許さない、ということですね、と思うとさにあらず。今後外国人の定住化がすすめば「『日本人』と『外国人』という二分法的な枠組み」それ自体を見直す必要が出てくるだろうという。その上で、「国籍や民族などの異なる人々が」「互いの文化的違いを認めあい、対等な関係を築こうとしながら、共に生きていくこと」が多文化共生だと山脇先生はおっしゃるのです。

 つまり、これから外国人定住者がふえつづければ、やがて日本文化は日本列島に存在する多くの文化の一つにすぎなくなる。そしてそれでよい、というのが「多文化共生」の考えだということになります。なんともどうも、怖ろしい話です。

 ≪「棲み分け」の回復こそ≫

 どうしてこんな話がまかり通ってしまったのか。おそらくその鍵は「共生」という言葉にあります。生物学では、異種の生物同士が同一の場所で互いに利益を与えたり害を与えたりしながら生きてゆくことを総称して「共生」と言うのですが、「共生」と聞くとわれわれはすぐ、アリとアリマキのような共利共生を思いうかべてしまう。だから「共生」イコールよいこと、というイメージが出来上がってしまうのです。

 しかし、実際の生物世界の共生は、互いに害を与え合うことすらある苛酷(かこく)な現実そのものです。そして、それにもかかわらず、なんとか多種多様の生物たちがこの地球上を生き延びてこられたのは、そこに或(あ)る平和共存のメカニズムが働いているからであって、それが「棲(す)み分け」なのです。

 これは、かつて今西錦司さんが、同じ一つの川の中でも、流れの速いところ遅いところ、住む場所によってカゲロウの幼虫が違う体形をしていることから思い至った理論です。つまり生物たちはそれぞれ違った場所に適応し、棲み分けて、無用の争いや競争をさけているということなのです。実は人間たちも(カゲロウのように体形自体を変えることはできなくとも)多種多様な文化によって地球上のさまざまの地に適応し、棲み分けてきました。

 それぞれの土地に合った文化をはぐくみ、そこに根づいて暮らす-これが人間なりの棲み分けシステムなのです。ところがいま、この平和共存のシステムは世界中で破壊されつつあります。日本に外国人定住者が増加しつつあるのも、そのあらわれの一つに他なりません。この事態の恐ろしさを見ようともせず、喜々として多文化共生を唱えるのは、偽善と言うほかないでしょう。(はせがわ みちこ)


<画像引用>

「今西錦司の世界」
http://www.museum.kyoto-u.ac.jp/japanese/event/exhibition011208.html

コメント

_ Blondy ― 2009/08/16 16:15

1.棲み分け理論と戦争について

人類は、類人猿の中で最後発の新人という、きわめて頭脳が発達し兇暴な性質をもったタイプの類人猿の子孫であり、各種の大型哺乳類やネアンデール人の絶滅に関してもとかく噂のある存在ですので、残念ながら、過去の歴史に照らしてみても、同族グループ間でほっておいて上手にいつも棲み分けできるタイプとは思えません。

ある時間的断面で見れば、自然な棲み分けによる共生システムが成立しているように見える世界でも、どこかの地域で気候変動等で飢饉がおきたり、人口圧力が高まったりすれば、ゴートやハン、バイキング、モンゴル等のバーバリアンが欧州を荒らしたような戦争・略奪・民族移動が起きるのは自然なことのように思います。

手近なところでは、1930年代までの中国江南地方の農村部では、飢餓に陥った村が近在の村を襲うと、次には略奪された村が生き延びるために新たに別の村を襲うという悪循環が日常的に起きていたことが知られています。

日本の戦国時代でも、武士だけでなく、雑兵として戦闘に臨時参加する貧しい農家の次男、三男にとっても、戦争は給金や報償金の他に、乱捕りで金銀や農作物や奴隷を生け捕りにして稼ぐ貴重な機会でした。

戦争は、不況対策・雇用対策、内政圧力のすり替え、アドベンチャー、投機といろいろな性格を帯びているし、基本的に外交の延長線上に位置づけられるものでしょう。

戦争を減らすには、極端に貧困化した地域をなくし、食糧援助や開発援助を行ってとにかく食えるようにすることが大切で、この支援面ではずいぶん進歩してきましたが、一方で軍産複合体をコントロールすることや国連機構の改革や強制力強化などはほとんどできていないので世界中で戦火が絶える気配は現在までのところまったくありません。

20世紀は極端な戦争の世紀であり、それが21世紀になって大きな戦争もなしに突然平和の世紀に転換することはなく、資源枯渇の顕在化や世界同時バブル崩壊を迎えている現在それはなおさらあり得ないでしょう。

2.「多文化共生」と棲み分けシステムについて

植民地時代
世界中から各種の動植物や人種を選んで各支配地域に移植し、プランテーションや鉱山を開発・経営し、植民地では複数の民族の利害対立を調整する超然とした地位を保って君臨し、直接支配で搾取するのが7つの海を支配した大英帝国の植民地経営でした。

この時代に、グローバル規模で、アメリカや現在のコモン・ウエルス諸国を中心に大規模な、移民まぜまぜ、植物まぜまぜがおきた。

新興国開発援助時代
第二次大戦後、民族自決意識の高まりと英覇権の衰退から植民地に旗を立てて管理する方法は廃され、コロニーは独立して国民国家となり、冷戦構造も背景として、新覇権の米国主導で開発援助政策が採用され、新興国家・開発途上国の多くは自由市場資本主義体制に組み込まれていき、その開発利潤は金融資本による株式支配の形で先進国に移転するスタイルに切り替わりました。

この時代は、有色人種に対する差別意識や同人種内結婚の習慣も残っていたため、異人種間の混血すなわち人種まぜまぜは比較的ゆっくり進みました。

本格的なグローバル体制の時代
冷戦終結以降、自由市場資本主義体制は旧社会・共産圏を取り込んでグローバル自由市場資本主義体制として一体化し、世界的に物や資本、人の移動や情報の交換が大幅に自由となった。また発展途上国の多くが相当に経済力をつけて、先進国の仲間入りを果たす国々が出るだけでなく、BIRCsの台頭が多くの人々に予見されるようになった。

この本格的な自由主義型のグローバル時代の到来により、移民まぜまぜだけでなく、人種まぜまぜも加速しつつあるのが現在の人類社会の
姿ではないでしょうか。

グローバリストの観点からすれば、ここからさらに、国民国家のソブリニティを弱めて世界的なルールや組織の下である程度管理できるようにして、世界金融寡頭制のグローバルスケールでの優位性を、将来資本主義が続く場合でもあるいは資本主義以外の別の体制となる場合のどちらでもつねに確保できるようにしておきたいので、まずは主要国家や主要都市が、民族主義や独自路線で固まって、グローバル化の流れに逆らうようになることを避けるという方向に舵を切るのは当然の流れでしょう。そのためには、上からの判断にもとづいた移民まぜまぜだけでなく、人種まぜまぜを加速させる各種の政策勧告や奨励策が取られることは明白ではないかと思います。

その意味では現段階で「多文化共生」を心配するなどはなにか周回遅れという感じであり、個人的には、文明史的に言えば事態は「多文化共生」からさらに進んだ「メルティングポット化」の促進により、グローバル文明時代にふさわしい新しい文化をはぐくむ方向に踏み出しているという認識であり、今後は古い民族主義や国民国家意識にもとづいた棲み分け理論には原理主義的とかリバータリアニズムというレッテルが張られていく時代になるのではないかという予感がします。

おそらく、グローバリストのコアの発想は、世界的な大混乱の時代でも経て、誰もが平和の為に中央集権的な世界権力を認める気になり、その下で超管理社会を生きる選択をするようになるときには、その時の人類の主役は「多文化共生」や「メルティングポット化」をごく当たり前のこととして生きる世代となっており、そこではじめてかなり恒久的な平和と安定時代が訪れる可能性があるといったところではないでしょうか。

_ Y-SONODA ― 2009/08/17 00:48

Blondyさんへ

いぁ~。実におもしろいので表で紹介させていただきました。
これから日本でも実に重要な論点になってくるでしょう。そして、大混乱に陥る(汗)
そんな中にあって、実験国家米国の行方を冷静に分析することも必要ですね。
日本が行き着くのはメルティングポットなのかサラダボウルなのか鍋社会なのか。
鍋はいいですよ。最後はおじやで締めくくり、何も残らない。

_ Blondy ― 2009/08/17 11:37

園田さんへ

ご高配痛み入ります。

そうですね、結局行きつくところはお鍋なんでしょうね~。

日本は韓国、中国、東南アジア、印度、中東、ロシアと様々な地域から人々が流れ着いて、ここから先は大海原でどこにも行けないので、稲作対応の渡来仏教と縄文アミニズムの神道の両方を大切にして、鎮守の森を大切にして環境を守り、万世一系の虚構のもとに易姓革命を避けて、皆が溶け合って実にいい味を出すようになったお鍋なのではないでしょうかね。

帰国して京都をはじめ各地を訪れるたびに、実は世界でも最も進んだ部類のメルティングポットは日本なのではないか、あまりに融合が進んだので、ついには日本人は尊い純潔の民族だなどという誤解をする人々すら出るまでに混血が進んだのであって、グローバリストが将来のモデルとして深く研究しているのは実はこの日本のお鍋ではないかという思いを持っておりますw

例えば、よくおみやげに使う赤坂の塩瀬のお饅頭一つを取ってみてもこんな感じですから。
http://www.shiose.co.jp/img/history_top.jpg
http://ameblo.jp/otokonosweet/theme5-10002949883.html

P.S.次回、ぜひハリハリ鍋でも囲みましょうw

_ Blondy ― 2009/08/17 11:50

訂正:塩瀬の歴史はこちらのURLでご覧下さい。
http://www.shiose.co.jp/history.html

_ Y-SONODA ― 2009/08/19 06:49

Blondyさんへ

「鍋社会」と言い出して早10年。
これほどまで的確に理解していただいたのはBlondyさんが初めてです。
なんだかうれしくなりますな~。
実際は日本もまぜまぜ。それぞれの具が仲良く溶け合っていい味を出している。
まさに鍋ですね。
具同士が喧嘩を始めたら、鍋も台無し(泣)
ぜひぜひハリハリ鍋行きましょう!

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